(*)現在の所属: 日本製紙樺央研究所
このような曲げに対する材料の性質として、通常材料力学的解析では、明確な物理量である“曲げこわさ”を用いる。定義はヤング率Eに断面2次モーメントIを乗じたEIであり、単に“こわさ”または“曲げ剛性”とも呼ばれ、材料の曲げに対する抵抗性を表す。一方、紙に“こし”がないと言われるときの“こし”は明確に定義される物理量ではなく、人間の主観的判定により評価される。“こし”は、一般に曲げこわさと相関があると考えられているが、数森ら )によれば、同一の曲げこわさEIを有する紙を比較した場合、断面2次モーメントIよりヤング率Eが大きい程その紙にこしがあると判定される傾向にあるという。しかし、実際にはこしの主観的判定基準は外力に対する曲げ抵抗性の他、自重による瞬間的な(Snapping) 曲げ抵抗性、自重によるゆっくりした曲げ抵抗性、紙の厚さ、曲げからの回復特性などにもあるという調査結果を得ている。
こわさに関連した物理量をいくつか挙げると次のようになる。“クラークこわさ”は、紙が自重によってたわむときの曲がりにくさを意味する。“純曲げこわさ” , )は試料のどの部分も同じ曲率で曲げられるような装置を利用したときの曲げこわさを試験片の幅で除したものである(片持ちばり式のクラークこわさなどでは支持点に近いほど曲率が大きくなる。)。“ライブリネス”は、織物の曲げ回復性を表現するときの指標で、一定曲率からの回復速度を意味するが、内藤ら )はこれを紙に応用し、瞬間曲げ回復性を主に曲げこわさと対応させて考えるために、ライブリネスを「曲げ回復時間の2乗の逆数」と定義した。吸盤によって給紙される枚葉型のオフセット印刷機などでは自重(慣性)により曲げられたあとの回復速度が重要であるので、曲げこわさよりクラークこわさやライブリネスの方がよく対応することが予想される。表1は、以上述べてきた曲げに関する種々の物理量を整理したものである。
未塗工紙の曲げこわさに関する研究報告は、多数みられるが、塗工紙のこしに関しては研究例は多くない。内藤ら )は種々の方法を用いて塗工紙の曲げこわさを測定しており、クラークこわさよりも純曲げによる曲げこわさの方が官能試験による“こし”との相関が高いことを報告している。また数少ない塗工層の物性に関する報告の中で、長井ら )は両面塗工紙の塗工層のヤング率をガーレーこわさから求めているが、実験室規模で通常調製する片面塗工紙には適用できない。
塗工紙の力学的な性質の大部分は原紙の性質によって決まる(例えば引張り強度)と考えられるが、こと、“曲げこわさ”に関しては塗工層の影響はかなり大きい。塗工紙では、曲げ操作で受ける変形量は外側に位置する塗工層部分の方がはるかに大きいためである。また塗工層の比重は原紙の約2倍であるため、自重によるたわみに対する曲がりにくさを示すクラークこわさは、たとえ原紙と同等のヤング率であったとしても塗工量の増加と共に低下(塗工量が少ないとき)することになる。
そこで本研究では、塗工紙を塗工層と原紙という2つの物質からなる複合材料と考え、塗工層が塗工紙紙全体の曲げこわさにどの程度寄与できるかという評価に視点をおいた。この意味で塗工層を評価するには、塗工量や厚さに依存せず、塗工層の組成や構造によってのみ決まるヤング率を測定、算出するのが最良の方法であると考えた。そこでまず、塗工層のヤング率を計算する手法を理論的及び実験的に確立した。次にデンプン及びプラスチックピグメントの配合が塗工層のヤング率に与える影響を評価し、最後に組成の異なるカラーをダブル塗工することによる効果を検討した。
全体の曲げこわさRaは、式(1)で表されるように、全体の平均弾性率Eaと全体の断面2次モーメントIaの積で表される(図1参照)。
・・・・(1)
塗工層の断面2次モーメントIc 、その弾性率Ec 、原紙の断面2次モーメントIf 、その弾性率Efとのあいだには式(2)のような関係がある。
・・・・(2)
次に、断面の底辺を基準軸(y軸)にとり、曲げによる歪みの起きない中立軸N-Nの位置を求める。 z軸方向にだけ曲げ応力が作用し、中立軸を原点にとったy0(y-N)軸に関して、その応力の積分値は0になるので、 式(3)が成り立つ。
・・・・(3)
y0=y-Nなので、これを式(3)に代入することにより式(4)が得られる。
・・・・(4)
これをNについて解くと下に示す式(5)のようになる。
・・・・(5)
式 (2)、(5)を用いると、塗工層のヤング率Ecは、式(6)のように求められる。従って塗工紙全体の曲げこわさRaを測定すればEcを計算できる。
・・・・(6)
・・・・(7)
小田らによると、張り出し長さL(cm)、ヤング率E(dyne/cm2)、厚さT(cm)、坪量W(g/m2)のように単位をとると両辺が等式の関係にあることが経験的に知られているという。
理論的には高寺 )らが導いているように傾斜片持ちばりの式、
・・・・(8)
で表される。ここで、qは試験片の自由端からの距離、qは位置qでの鉛直下向き方向からの角度、aは自由端の角度、 bは固定端のつかみの角度である。クラーク法では左右のふれ角度が同じであるとすればb=225°のときに反対側に反り返るという条件を満たすのはK=2.71のときであることを高寺らは計算している。このKは、材料のヤング率や厚さなどに無関係の(補正された)、単位のない張り出し長さを示す値に相当する。なお、これらの式での坪量は試験片の自重が試験片を曲げる力として作用するので実際には重力加速度を乗じた値を用いなくてはならない。従って、クラークこわさに関して理論的には次の等式が成り立つ。
・・・・(9)
式(9)の第1式では、それぞれの単位は式(7)と同じく、すべてをcgs単位系に合わせるため、坪量をW×10-4とし、単位がg/cm2となるようにした。またG=981(cm/s2)である。第2式では、cgs単位(坪量はg/cm2、長さ、厚さはcm、ヤング率はdyne/cm2)を使うか、mks単位(坪量はkg/m2、長さ、厚さはm、ヤング率はPa)を使う。
実際にLを測定するときは、空気の流れや振動に影響されて、試験片は早めに反対側に反り返ることが予想され、真のLよりやや短いLが実測されると考えられる )。また、一般的な経験式を導く場合はどのようにヤング率と厚さを測るかによって係数は変化するため困難であることは小田らが論じている通りである。紙の場合は、厚さの測定法によって厚さの値が左右されるため、予備実験では厚さの均一なポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムのヤング率を計算した。表2に示すように、理論から導かれた式(9)から計算したヤング率は超音波の伝播速度から求めた動的ヤング率に近かったが、文献値の約2倍の値となった。小田らの経験式(式(7)の両辺を等しいとしたもの)から計算したヤング率は動的ヤング率よりもかなり大きくなった。本研究では理論から導かれた式(9)によって塗工紙の曲げこわさRa(=EI)を測定し、式(5)、(6)により塗工層のヤング率を計算した。
原紙への吸水の影響を検討する実験では、原紙に蒸留水をワイヤーバー(# 10)で塗付し(片面だけに約10g/m2)、大気中で乾燥させ、調湿した後、純曲げ特性試験機で曲げこわさを測定した。
表3のカラー配合中、炭酸カルシウムをすべてPPに置き換えた配合のカラーを、固形分が27〜33 %となるように調製し、フィルムに塗工した。調湿後、クラークこわさを測定し塗工層のヤング率を計算した。
図4は前図の3種類のデータから塗工層だけのヤング率を計算したものである。フィルムに塗工した場合、塗工層のヤング率はクラークこわさから計算したヤング率は約0.7 GPa、純曲げこわさからは約0.5 GPaであった。塗工厚さを均一にするのが難しかったため、ばらつきが大きくなったと考えられるが、塗工量には依存しなかった。また、フィルムや原紙自体のヤング率が2.8〜5.4 GPaであるのに比べると1桁小さい。一方、紙に塗工した場合は塗工量依存性が見られ、約17 g/m2以下では負の値となった試料もあった。これは明らかにヤング率が正しく計算されていないと考えられるが、この原因として、@吸水により原紙の厚さが増加し、ヤング率が低下した。A吸水により原紙の含水率が変化した。B塗工カラーが原紙表面のポアを埋め、また原紙が吸水することによって原紙のラフニングが起こり、塗工層/原紙界面が平坦ではなくなった。C塗工カラーの原紙への脱水過程で塗工層の組成や空隙構造が変化し、塗工層のヤング率自体フィルム上に形成された塗工層と実際に異なるものになった、などが考えられる。Cが原因しているとすれば紙に塗工した場合に特有の現象であり、フィルム上の塗工層の評価をしても塗工紙には適用できないことになるが、@〜Bが原因しているとすれば原紙に塗工して形成した塗工層のヤング率を正しく求めることはできないことになる。以下、順に予測されるこれらの原因を検討した。
走査型電子顕微鏡により塗工界面の形状を観察した。塗工紙の断面を写真1に、塗工フィルムの断面を写真2に示す。原紙に塗工した場合、塗工層が原紙の隙間を埋めており、塗工層と原紙の界面が粗くなっている様子が観察される。フィルムとの界面は平滑で、塗工層の厚さも一定と見なせることがわかる。これは、図4で塗工紙から計算により求めた塗工層のヤング率と塗工フィルムから求めた場合の値が異なる理由の1つと考えられる。
図7はプラスチックピグメント(以下PP)を炭酸カルシウムの代わりに顔料として配合したときの塗工層のヤング率の変化をデンプンの配合部数(総バインダー量は15部)に対して示す。顕著なデンプンのヤング率向上効果が、PPの粒径(0.23 mmと0.50 mm)によらず観察された。一部のデータは負の値として計算されたが、塗工ムラ(局所的に厚い部分)のために厚さが平均値よりも大きく評価されたためと考えられる。PPの粒径が小さい方がヤング率が大きかった。これは粒径が小さいほうがカラーが乾燥・固化する際に緻密な構造ができたためと考えられる。炭酸カルシウムを顔料として用いた場合のヤング率(図4のデータの平均値)も併せてプロットした。小さい粒径のPPを用いた場合の塗工層のヤング率は炭酸カルシウムの場合とほぼ同じであった。しかし、PPは鉱物性顔料に比べて比重が小さいため塗工層のヤング率が同じでも自重に対する曲げ抵抗(クラークこわさ)を大きくできる長所がある。
図8は、総塗工量と塗工フィルムの純曲げこわさ(初期曲げこわさ)の関係を示す。デンプンを配合した塗工カラーを外側に塗工したサンプルの方が、内側に塗工したサンプルより大きい曲げこわさを示した。この結果は、ヤング率の高い塗工カラーをより外側に塗工することにより、塗工紙全体の曲げこわさを大きくすることができること示唆する。実際には、デンプンを多く含む塗工カラーを外側に配することは印刷時のピック強度を低下させる可能性があるので、他の性質を損なわない程度の配合量を検討する必要があると考えられる。
Table 3 Formulation of coating color | |
---|---|
Constituent | parts |
Calcium carbonate | 100 |
SB-latex | 10 |
Starch | 5 |
Sodium polyacrylate | 0.8 |
Solids content = 50% |
Table 4 Resin constants of plastic pigments | |
---|---|
P-2 | P-4 |
Milky-white | Milky-white |
Styrene | Styrene |
Dense (not hollow) | Dense(not hollow) |
47.9 | 46.9 |
8.0 | 8.1 |
41 | 15 |
0.23 | 0.50 |
Table 5 Formulation of coating color for double coating | ||
---|---|---|
Constituent | SF(Starch-free) | SC(Starch-containing) |
Calcium carbonate | 100 | 100 |
SB-latex | 15 | 10 |
Starch | 0 | 5 |
Sodium polyacrylate | 0.8 | 0.8 |
unit: parts | ||
Solids content = 50% |
Table 6 Changes in sheet properties of wood-free paper by water application | ||
---|---|---|
Property | No water appl. Average(Std. dev.) | After water appl. Average(Std. dev.) |
Thickness, mm | 80.2 (0.5) | 85.0 (0.8) |
Basis weight, g/m2 | 64.3 (0.6) | 65.6 (0.5) |
Pure bending stiffness, gf・cm | 1.22 (0.06) | 0.95 (0.13) |
Young's Modulus, GPa | 2.77 (0.12) | 1.82 (0.24) |