3. 印刷品質の評価法
印刷物の仕上がりがよいか悪いかという問題は、印刷物を見る人の目や判断の特性と関係がある。人の肌色はわずかに違っていても敏感に異なった印象を受けるが、背景などは多少色が異なっていても許容されることが多い。このような品質に関係する紙の適性及び品質に評価方法について見て行こう。画像処理によるドットの解析や自動印刷品質モニタについても簡単に触れる。
3.1 インキの転移・セットと表面強度
印刷において画像が形成されるまでの過程を順に考えてみると、インキによる紙の濡れ・付着→インキの広がり→インキの吸収→インキの開裂(インクジェット方式では起こらない。ここまででインキ転移が完了。)→インキのレベリング→インキのセット→インキの乾燥、となる。インキのセットは完全な乾燥とは異なり、インキフィルムはまだ濡れているもののタックが低下して別のシートを積み重ねたときに裏移りが起こらない状態を指す。
このような印刷工程を紙が問題なくスムーズに流れるかどうかということは作業性という意味で重要であり、これを紙の印刷適性(印刷作業適性と呼ぶべきか)と呼ぶことが多い。また、よい印刷品質に仕上がるかどうか(印刷品質適性と呼ぶべきか)に関連する要素も印刷適性の範疇にはいる。いずれも印刷物の品質評価そのものとは区別されるものである。
印刷作業適性には紙の剛度(1枚ずつ給紙する枚葉印刷で重要)、紙力(輪転印刷では巻き取り紙が引っ張られる)、表面強度(印刷胴から紙が離れる際にインキのタックにより紙表面の一部がはぎ取られないように)、のような力学的な特性や伸縮度、カール、紙くせ、紙粉、異物、ファンアウト(湿し水を吸った紙がニップで潰されながら横方向に伸びていく現象で見当ずれが起こる)、シワなどがある。印刷品質適性と言えるものには、白色度、不透明性、光沢度、平滑性、地合、厚さの均一性、サイズ度、吸油性(インキを裏面までにじませない、つまり裏抜けしないような適性)などの紙そのものの特性、インキセット速度(印刷後のインキ濃度を測る)、インキ乾燥速度、裏移り、オフ輪皺、擦れ汚れ(別の紙とこすり合わせたときの汚れ)などのインキ・印刷条件との関連で生じる適性がある。
図3.26は手塗りで調製した塗工紙をRIテスター(3.2参照)で試験印刷した結果で、塗工紙は20℃乾燥でラテックス配合量を増やしていった(5〜30 pph)試料と、ラテックスを15 pph配合して乾燥温度を上げていった(5〜100
℃)試料間でそれぞれ比較した。ラテックス配合量が少ないと顔料粒子間の結合が十分ではないのでインキのタック(粘着性)により顔料が引き剥がされ、図では白く見える。通常塗工用のバインダーラテックスは造膜温度が25〜30 ℃に設計されているのでこの温度以上では膜状となり顔料粒子間によく広がって接着効果が大きくなる。したがって5 ℃乾燥ではピッキングが起きやすい。高温乾燥になると、塗工カラーが十分原紙に浸透する時間がないうちに乾燥したため塗工層と原紙の界面での接着力が弱くなり、界面で破壊が起きた。この塗工紙はコピー用紙を使用したためサイズ度(撥水性)が高く、浸透が押さえられたが、通常の塗工原紙はサイズ度が低いのでこのような現象は起こらない。
印刷の評価を行う場合は実際に使用する印刷機を用いて試験印刷するのが望ましいが、紙の条件、インキの条件、印刷速度などの印刷条件を変えながら試験を行うには膨大な時間、労力及びコストがかかる。そのため特に開発段階では試験印刷機を用いて印刷評価を行うのが普通である。このような装置を印刷適性試験機とも呼び、図3.27に示す万能印刷試験機(FOGRA、Proof-Bau、Vandercookともいう)やIGT印刷適性試験機などが代表的である。重量法により版面上インキ量及びインキ転移量を測定することができる。図3.28に示すRIテスターは同時に10枚程度の試験片を並べて一度に印刷できるので試料間の比較に向いており、湿し水の乳化試験、複色トラッピング試験なども可能である。また、インキセット速度を測定する試験もよく行われ、印刷した後一定時間インターバルを取ってから印刷面にアート紙などを重ねてもう一度ニップを通す。アート紙にどの程度転移したか(インキ濃度を測定)で裏移りの程度を評価する。
3.2
試験印刷機の種類と印刷方法
3.3 画像再現性と網点の解析
印刷品質は、いかに原稿に忠実に(あるいは意図したとおりに)紙面に再現できるかを評価して決定される。評価の方法は現場の印刷事業所では目視によって行うことが多い。通常測定機器類を用いて測定するようなパラメータまでが目視で判断されることもある。例えば印刷光沢(インキののった面の光沢)、印刷平滑性、印刷不透明性などである。また着肉ムラ(特にアイのムラ)などは目視による評価が普通で、装置によりムラを判定することは難しい。
その他印刷物の総合的な品質特性として、階調再現性、鮮鋭度、コントラスト、不均一性、色再現性などが重要である。これらの品質特性を客観的に評価する方法として品質管理用ゲージを印刷して評価する方法がある。判断は目視でも実際の風景画像や人物画像の比較評価と違い判断に個人差が出にくく客観性が高い。図3.29は、品質管理用ゲージの例である。上のスラーゲージは縦と横の万線で構成されたもので、下のスターターゲットはくさびを放射状に配列したタイプのものである。このようなゲージで判定できる項目は以下の通りである。
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スラー
スラーとは紙と版面が接触する瞬間紙がずれて文字の線、画像の縁などが汚れて不鮮明になることを指す。スラーが生じると印刷方向に対して直角な方向が太り、縦方向と横方向の濃度差となって現れる。
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ドットゲイン
ドットゲインは網点面積の増加の現象で、物理的なドットゲインはスラーとつぶれの合わさったものと考えられている。図のような中心に向かうほど線数が大きくなるスターターゲットを使うと、ドットゲインが生じた場合中心部がつぶれることで判定できる。
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明部のとび・暗部のつまり
網点のとびは網点が明部で部分的にとぶ現象で、上記のゲージとは異なるが明部側の均一な網点部を持ったゲージが評価に用いられる。網点のつまりは暗部に生じ、網点の不規則な太りによって網点が接近して目づまりが生じる現象で、網点面積率70%付近とべタ部が評価に用いられる。
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不均一性(粒状性)
不均一性は様々な原因によって発生し、原稿には存在しない不均一な模様が印刷面に生じることである。一般に不均一性の判定や測定には、広いべタ部や網点部、スラーゲージが用いられる。
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印刷コントラスト
ベタ部の濃度が高くしかもシャドー部のつぶれの生じない印刷物は再現性が良く、コントラストが良好であるといわれている。コントラストを高く保つには、ドットゲインの起こる直前のべタ濃度を定め、それを維持することが必要である。
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解像力
解像力は、画像の2次元的な明暗の空間的分布微細部再現性であり、スターターゲットで判定することもできる。
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階調(調子)再現性
原稿−印刷物間の濃度強弱の再現性で、網点のゲージを使う。
網点の解析では、最も頻繁に評価されているのはドットゲインと真円度である。その他印刷方向への広がり(スラー)が発生している場合は長軸と短軸との比などが評価される。図3.30はインクジェットプリンタPM-750Cで黒色インキを使い紙質の異なる4つの試料に印字した部分の拡大画像である。試料は市販スーパーハイグレードインクジェット専用紙、市販ハイグレードインクジェット専用紙、コピー用紙、中質紙(機械パルプを含む印刷用紙)である。ドットの評価を王子計測機器DA-5000Sにより、自動2値化→欠けたドットの消去→穴埋め→網点のパラメータ計算、の手順で行った。表3.1はドットの基本的な評価例として、面積、周囲長、形状係数、ラフネス、伸長率を示す。それぞれ各ドットの平均値である。インクジェットの場合はにじみによってインキが面(水平)方向に広がることが品質を低下させる主な原因となっているが、この結果は紙質が悪いほどドットは横長になるようににじんでいることを示している。これは拡大画像による観察結果ともよく合う。
表3.6 インクジェットによるドットの評価
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面積(mm2) |
周囲長(mm) |
形状係数 |
ラフネス |
伸長率 |
スーパーハイグレード |
30335 |
745 |
1.46 |
1.10 |
2.08 |
ハイグレード |
36800 |
885 |
1.72 |
1.17 |
3.06 |
コピー用紙 |
40005 |
1076 |
2.34 |
1.25 |
5.12 |
中質紙 |
44809 |
1246 |
2.77 |
1.32 |
6.55 |
ここで、形状係数は(周囲長)2/(4p×面積)で、凹凸の度合いを表す。真円で1、周囲がにじむほど大きくなる。ラフネスは、周囲長/凹凸周囲長(右図参照)。伸長率は長さ/幅で、長細いものほど大きくなる。
最近では網点の配列に着目したも画像処理ソフトウェアも市販されるようになっている。
機器的な分析、画像処理によるドット解析などと視感的な評価を結びつける上でもっとも難しいのは鮮鋭度(シャープネス)と印刷むら(濃淡コントラスト)の評価であると考えられる。鮮鋭度は画像中の色や濃淡の変わり目であるエッジ部分のコントラストの大きさを指す。インキを使用した画像の再現ではエッジの部分が劣りやすいので、意図的に濃淡をつけるなどの処理を行う。従来は色分解機に光学的な副アパーチャーを装備して行ってきたが最近ではデジタル化により計算によるフィルタ処理でこれを実現している。人間の視覚感度が対象物の空間的な大きさにより異なることに着目し,視覚のMTF(Modulation transfer function = 変調伝達関数)を使うと官能評価と一致した鮮鋭度やむらの評価できる。
一般的にMTFは周波数(印刷の細かさのレベルで線数などに対応する)の関数になっており、式(3.1)で現される。
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式(3.16) |
ここで、u: 空間周波数、R(u): MTF関数、A(u): 正弦波的に変化する光分布をもつ原稿からの入力(振幅)、A’(u): 印刷結果としての出力(振幅)
紙の違いによるMTF関数を次のような方法で簡易的に求めることができる。正確に等間隔で引かれたバーコード状の縞を原画像としてインクジェットなどで出力する。十分解像度の高いスキャナーやビデオマイクロスコープを用いて拡大画像を取り込み、そのヒストグラムの明部、暗部のピークの差を取って255で割る。縞の周波数(例えば1mmあたりの線数)を変えて取り込むとMTF関数となる。
人間の目の解像度は1mmあたり10本程度と言われている。また画像のむらとの対応を見ると視覚のMFT関数の極大値付近の(すなわち識別能の高い)周波数で濃淡むらが大きいときに、最もむらのある印刷であると判断されたとする実験結果がある。
3.4 装置による印刷品質検査
印刷産業においては、顧客の要求する印刷品質がきびしくなっており、印刷の最終段階における印刷品質管理作業は必須である。また印刷機の高速化に対応した効率的管理作業でなくてはならない。
従来から行われている目視検査の比率については、約65%の印刷事業所が専門の検査部門をもっており、高級カラー出版物及び高級商業印刷物では特に目視検査率が高い。目視の対象は色調不良が最も多く、その他、汚れ、見当不良がある。
一方これに代わって、計測器を用いてだれにでもわかるような数値的な品質管理を行うことは重要であるが、検査装置は、比較的規模の大きい企業では1割強が保有しているに過ぎず、オフセット輪転機による高級カラー出版物や高級商業印刷物対象としていることが多い。油たれ等の汚れとごみ付きを主な対象としており、色調不良が対象となることは少ない。装置としては色調不良判定機能も持っているが、実際には検査装置の性能が現状では十分ではないため色調不良の検査に対しあまり効果がないためと考えられる。品質検査装置が普及するには、オンライン測定と不正紙の自動排出機能の装備が必要である。
実際の装置として、例えば東芝叶サ印刷品質モニタ装置TIME-600を例に取る。オフ輪印刷を対象としており、具体的には、給紙段階では巻き取り紙の不良(すきむら,すき不良)、破れ、しわを、印刷段階では濃度不良・色調不良(濃淡むら,色むら,色変わり,刷版不良等)、色バランス不良(ローラー目,ギヤ目,ゴースト,ショック目,ダブリ,壺上がり)、色見当不良、欠け(文字欠け,インキ欠け)、ゴミ(ヒッキー,ピンホール,虫付き,異物混入)、汚れ(地汚れ,水上がり不良,インキ飛び,水たれ,浮き汚れ)を、乾燥段階では油たれ、乾燥不良(乾かない)、
ブロッキングを、折り加工段階では裁断位置不良、折り位置不良、破れ、しわ、キズ(キズ,コスレ)を検査項目としている。
装置の動作原理は次の通りである。濃度検出センサにより,印刷物1ライン分の濃淡画像を取り込み(色についても不十分ながら濃淡検出で対応させる)、輝度レベルを決定する。印刷方向に走査し全面を画像データとして記憶する。印刷物の正紙(基準画像)から取り込んだ輝度データを基準値メモリとして記憶しておき,両者の差が,画素毎に与えた許容値以内にあるか否かを判定し,越えている場合にその画素を欠陥(印刷品質不良)と判定する。1ライン目の入力位置を正確に決めるために、1面分の画像データは印刷胴の一回転信号を基準として取り込まれる。この信号は,張力変動,乾燥中の長さ変化等により,実際の印刷物の流れ方向に数mmのずれを発生する場合がある。このずれを補正する方法として,印刷絵柄中から頭だしをする方法を採用している。またライン毎の取り込みタイミングを確実に得るために印刷機械軸にエンコーダを直接取り付けている。