紙の印刷適性と印刷品質の評価
ここでは紙の最終的な用途である印刷方式と、印刷品質に密接に関連する紙の物性、及び印刷品質の評価に関して見ていくことにする。
1. 印刷方式の種類と特徴
紙への印刷方式は商業用印刷である、オフセット、凸版、グラビアなどの方式が主流であるが、小ロット、個人ユース向けにインクジェット、レーザー(電子写真)方式も普及している。
1.1 オフセット印刷
版から直接被印刷物に印刷しないで、インキをいったん転写体に転移させ、そのインキを被印刷物に移して印刷する方式のことである。版は通常平版を使い、親油性の画線部と親水性の非画線部を光硬化(または光可溶化)反応を利用しPS版(Presensitized Plate=あらかじめアルミニウム板に感光剤が塗布されている版材)に焼き付ける。印刷では、まず湿し水を版に与え、親水性の部分を湿らせる。次にインキを与えると親油性の画線部にだけインキが転移する。これを転写体であるゴムブランケットに移してからさらに紙に印刷する。
1.1.1 オフセット枚葉印刷
シート(長方形に裁断された紙)に印刷を行うタイプで、図3.1のような構造の印刷機で印刷する。版やシートの大きさの選択が自由で、各色版の刷込位置合わせが容易である。枚葉型の最新の装置では、設定した湿し水の最適水膜厚を版面上に自動的に保つことができ、10 mmの精度で見当(けんとう;多色刷りの各色位置)合わせができる。対応した用紙サイズもハガキサイズからB3相当(520×375 mm)で、厚さも40〜400 mmに対応している。印刷速度は1時間に13,000枚にも達する。
1.1.2 オフセット輪転印刷
本来、輪転は版を円筒状の胴にセットして回転しながら印刷する方式を指し、その意味では前図の枚葉型も輪転機であるが、オフセット輪転と言えば、一般にシートではなくウェブ(巻き取り紙)を使った輪転印刷のことを指す。高速で運転され、新聞や書籍などの量産に適しているが、版胴の円周寸法にあった印刷物しか印刷できず(小さい版は印刷可能だが余白部分が大きくなり紙の無駄使いになる)、多色刷りの場合、刷込位置合わせが難しいなどの欠点もある。印刷機の構造は各色で見れば枚葉型と同じであるが、図3.2に示すように両面同時に印刷するタイプなど特有の構造を持った印刷機もある。最新の新聞用オフセット輪転機の印刷速度は1時間に10万枚にも達し、枚葉印刷よりも1桁大きい速度である。
オフセット印刷用紙に要求される特徴は、高速で多色刷りが行われるため、インキや湿し水の吸収が速くなくてはならずポロシティが必要なこと、インキは平版上に置かれるためドットゲイン(3.3参照)が発生しやすい。そのため高粘度のインキを使うが、高粘度のインキはタック(粘着性)が強く紙表面の塗工層の一部や繊維を引き剥がすピッキング(3.1参照)が発生しやすくなる。これを防ぐための表面強度が必要なこと、インキの吸収速度、広がりが品質に影響を与えるので紙の地合(2.5参照)がよいこと、湿し水による伸縮が少ないこと(寸法安定性)などである。
1.1.3 水なしオフセット
東レ鰍ェ開発した“水なし平版”は、シリコーンゴムのインキ反撥性を利用して、湿し水を使わずに画線部だけに、インキが着肉する。図3.3に示すようにフィルムを通って露光した部分の感光層が重合架橋し、シリコンゴム層と接着する。前処理液で版面を湿らせて、接着力の弱まったシリコンゴム層をブラシで擦り取る。残ったシリコンゴムが従来の湿し水の役割を担い、インキをはじき非画線部となる。
網点の太り(ドットゲイン)が少なくなり、湿し水が引き起こす品質上の問題を低減すると言われている。例えば枚葉印刷で左右方向に紙が伸びていくファンアウト現象や第T講で紹介した表面ラフニング現象などである。また、湿し水をためる水舟の清掃が不要となり作業性も改善される。
1.1.4 ドライオフセット
湿し水を使わない凸版を版面に用いる印刷方式。レターセットとも言う。版材は、0.4〜0.5 mm程度の厚さの感光性樹脂版や亜鉛などの金属である。画線部の線高さは0.2〜0.3
mm程度である。証券、金券類の地紋印刷、紙器のベタ刷りなどに用いられる。湿し水を使わないため版持ちがよくなり、また紙の伸縮や表面ラフニングが抑えられ、色調、見当(多色刷の位置合せ)がよくなる。
1.1.5 凸版印刷と凹版印刷
オフセット印刷ではないが、凸版印刷と凹版印刷についても簡単に触れる。版の立体的形状によって3種類に分類できる。図3.4に示すように画線部と非画線部の凹凸の関係により3種類に分類できる。平版では、通常いったんゴムブランケットに写し取るオフセット方式で印刷されることは既に述べたとおりである。
凸版は凸部にインキをつけ、紙に押圧してインキを転移させる。押圧によってはマージナルゾーン(インキがはみ出し、かつその内側にインキ不足ができるときに画線の周りに発生する濃い輪郭)ができ、印刷品質は高くない。凹版(活版)輪転機で文字が主体の雑誌の本文印刷やコミック誌の単色印刷に用いられる。
凹版は画線部が非画線部より低くなっており、そこにインキを満たしてからドクターで余剰のインキをかき取る。金属板に直接彫刻する製版は、商業的には少なく、写真製版による製版が通常行われ、特にこれをグラビア印刷と呼んで区別している。図3.5に示すような直交する白線スクリーンを用いてグラビアセルを形成する。このセルの深さが異なることによってインキの厚みが変わるので濃度階調の豊富な高品質の印刷が可能となる。濃淡階調を必要とする美術写真や切手の印刷などに用いられる。
グラビア用紙として用いられる非塗工紙は15 %程度の填料を配合した中質紙(クッション性がある)にスーパーカレンダ仕上げをしたものが用いられる。
1.2 レーザー方式
レーザー光学系とその制御系部分に、電子写真方式の印刷系を組み合わせた印刷機であり、レーザープリンターとして個人向け、オフィス向けに普及している。図3.6に示すようにヘリウム-ネオンレーザーや半導体レーザービームを超音波変調機、回転ミラー、結像レンズなどで制御する。電流制御による直接変調も可能である。電子写真方式という方がこの印刷方式全体を指す言葉として一般的であり、複写機などで使用されている光伝導性(半導体や絶縁体に光を当てると電気伝導率が増加する現象)と静電引力を応用した印刷方式を指す。この原理は1938年にカールソン(Chester
Carlson)が考案したもので、ゼログラフィ(xerography)、乾式静電転写方式などと呼ばれている。したがってレーザー式は、露光にレーザーをつかうという意味である。レーザー以外にも電流によって発光する発光ダイオード(Light
Emitting Diode=LED)を並べたヘッドを使用するものをLED方式と呼んでいる。ほかには、蛍光灯を液晶シャッターで遮る液晶シャッター方式というのもある。
レーザー方式による印刷の順序は図3.7に示すように帯電→露光→現像→転写→定着→清掃の繰り返しで行われる。熱転写やインクジェットプリンターのように、印字ヘッドが移動するにともない印刷が行われるのではく、感光ドラム一面が印刷面1ページに相当するので高速に印刷することが可能になる。
近年レーザー方式のカラープリンタが急速に普及しつつある。カラー化には4色のトナーを利用するが、紙の上にトナーを4回乗せる方法には、2つのアプローチがある。一番多いのは、同じ感光体ドラムに対して4回トナーカートリッジを切り替えながら転写する方法で、図3.8に示す通りである。この方式は,コストとプリントエンジンのサイズ面で有利だが、4回転写を行う必要があるためプリントエンジン速度はモノクロ印刷時の4分の1になるという欠点がある。しかし、色ずれが起こりにくい利点がある。これに対して、感光体ドラムなどトナー転写のためのユニットを各色独立して用意し、それらを直列に並べることでカラー印刷を実現するタンデム方式がある。
表3.1 非磁性1成分トナーの仕様の例 |
項目 |
単位 規格値 組成 ポリエステル樹脂、カーボンブラック 平均粒子径 mm 8〜11 見かけ密度 g/cc 0.3〜0.5 帯電量 mc/g −40〜−60 ガラス転移温度 ℃ 65〜75 軟化温度 ℃ 145〜152 |
電子写真方式で画質を向上させるにはトナー粒子の細粒化が重要なポイントになる。トナー粒径が小さいほど、粒状性、細線再現性、網点再現性、ドット再現性、調子再現性に優れていることがわかっている。一般に使用されるトナーは次のようなものである。最初、トナー以外にキャリアが必要な2成分方式が実用化された。磁性体であるキャリアがトナー粒子を静電潜像のところまで搬送してから離す役割を負う。キャリアは適当な摩擦帯電特性によりトナーに荷電を与えるためにポリマー樹脂で被覆されている。最近では磁性トナーを用いた1成分方式、さらに非磁性トナーを用いた1成分方式が開発されている。表3.1に非磁性トナーの仕様の例を示す。軟化温度を比較的低くなるように設計した例である。
1.3 インクジェット方式
インクジェット記録方式は細いノズルからインク滴を吐出させて紙などに付着させる方式である。装置の小型化、低騒音、カラー記録適性などの機能に優れる。
1.1.1 装置の動作原理
インク滴の形成法によって連続式とオンデマンド方式に分類される。連続式は圧電振動子を用いて連続的に液滴を吐出するが、印字時のみ電界制御により紙面上に液滴を導く方式である。オンデマンド方式は構造が簡単でカラー印刷に対応したマルチノズル化が容易で現在主流となっている。図3.9に示すようにピエゾ素子で弾性板を振動させるピエゾ(マッハジェット)方式と発熱体により生成する気泡で液滴を吐出させるサーマルインクジェット(バブルジェット)方式がある。前者は、電圧をかけると長さが変化するというピエゾ素子を用いることで少量のインクか吹き出す方法だ。インクは表面張力で球形になり、用紙に向かって突出される。後者は、まず穴をあげた小箱の中に発熱体とインクを入れる。ここで発熱体に電気を流して温度を上昇させると、インクの溶媒が沸騰して泡が発生するが、これに伴い箱の中の圧力が上昇し、穴からインクが押し出される方式である。インク発射間隔は1万分の1秒以下にすることが可能である。
インクジェットインクは均一な液滴形成、高印刷濃度、迅速な浸透乾燥、耐候性、ノズルで目詰まりを起こさないなどの性質が要求され、染料2-5%、湿潤剤(30%エチレングリコール)の他、防腐剤、分散剤、消泡剤、安定化剤などを含む。印刷濃度を上げるために顔料インキも黒色ではすでに使用されており、技術的には微粒子化と分散性が重要なポイントとなる。最近では淡色インキを併せて用いることにより再現可能な色の範囲を広げている。
インキが低粘度の水性インキであることから、インクジェット記録用紙に要求される性質として浸透性やにじみの程度が重要となる。特に繊維に沿ってインキが横方向に広がる(フェザリング)と印字品質が低下するので専用紙には塗工紙を用いる。また普通紙にもサイズプレス処理を施しフェザリングを抑えている。インキは横への広がりを抑えて厚さ方向に速く浸透して固定されることが望ましいが、厚さ方向への浸透が速すぎると光学濃度が低くなり、かつ裏抜けの問題が起こる可能性がある。理想的には、横方向への広がりと厚さ方向への浸透の両方の速度を制御しなくてはならない。第T講図1.13で紹介したブリストー装置の液体供給ヘッドを烏口状にしてインクジェットインキを線状に引き、その線のフェザリング状態を画像処理により評価した研究がある。その結果あるAKDを内添に用い外添サイズも施した場合、フェザリングは紙の表面で生じているのではなく、紙中に浸透してから横方向に広がって生じていた。内添を他のAKDに変えたところ、効果的に働き、印刷品質は著しく改善された。この結果は内部サイズ剤と表面サイズ剤の添加量のバランスにより、横方向への広がりと厚さ方向への浸透を制御できることを示唆する。
1.4 スクリーン印刷
ガリ版印刷と同じ孔版印刷に属する印刷方式で、枠にポリエステル製やステンレス製の紗(しゃ)を張り、画線部以外の部分を樹脂などで覆い、紗の目開きによりインキを押し出して印刷する方式。版面に弾力があるためガラスや硬質プラスチックのようなもろい材質のものへの印刷や、Tシャツなどの服飾雑貨への印刷にも利用される。紗の機能が重要な要素で、スクリーンの張力は印刷品質を左右する重要な要因である。メッシュが伸びると印刷見当精度が悪くなり、メッシュの張力を上げすぎると印刷中に版が破損する等の問題が発生する。
1.5 新しい印刷方式
小ロットの注文に対応できる印刷機というものも必ず必要である。オフセット輪転機では機械の調整だけでも印刷を始めるための刷り出し損紙が5000枚必要になる。5000部の注文に対して同じ量の損紙を必要とすることになる。また30分程度で刷り上がる量に対して、版の付け替えや色合わせで30分程度を余計に要し、効率が悪く少部数の印刷は非常に割高となる。このような需要に応えるものがオンデマンド印刷である。オンデマンドとは、「必要があればすぐに」というような意味である。
ゼロックス社はコピー機械の延長上にあるオンデマンド印刷機としてドキュテック(DocuTech)を出した。高速コピー機でもあるが、コンピュータからのデータを直接出力でき、簡易製本機能もある。ハイデルベルグ社は1991年に初めてオンデマンド印刷機GTO-DIを市場に出した。CTP(Computer
to Plate)と呼ばれるコンピュータで直接版を焼き込む装置をつけた。その後継機であるクイックマスターDIは版替えの自動化と一胴四色印刷機構を備えている。ベルギーのザイコン社は特にラベル、軟包装、紙器用にオンデマンド印刷機DCPシリーズを出している。図3.10に示すように黄色、藍色、紅色、墨の4色を静電粉体トナーで高速印刷する。粉体トナーは熱で定着させる方式で接着強度は通常のインキと同等である。図3.11に示すインディゴ社のE-printは同一の画像形成ドラムを用いて4色の液体トナーで各色の印刷を高速に行う。
これらオンデマンド印刷の発展は、デジタル印刷であるため、DTP(Desk
Top Publishing)の普及が鍵を握っている。さらにデザイン制作から製版、印刷に至るまでの産業構造のボーダレス化を生みだし、インプラント印刷(社内印刷)が盛んになればさらに発展が期待できる。しかし、現実問題として、コストが高い、低生産性(速度)、デザイナーへの負担などの課題が普及を阻んでいる。今後、カタログ類(製品には寿命があり、またバージョンアップ等による製品内容の変更に即応して印刷できるメリットが生かせる)、折り込みチラシ(寿命が短く、入れ替わりが激しい宣伝広告としてのスーパーのチラシ、不動産の広告等で、短納期で最新情報を印刷し競合他社と内容で差をつけることができる)、業務マニュアルやソフトウェアマニュアル(少部数で内容の追加、変更の多いものには有利)などの分野で用途拡大が期待できる。