紙の加工と表面処理
第T講では、液体の浸透理論及び測定方法を中心に論じ、紙の特性と液体吸収挙動との関係について具体的な例を見てきた。第U講では液体浸透性を決定する印刷用紙サイドの最も重要な物性パラメータと思われるのは紙表面の空隙(あるいは細孔)構造である(その他の重要な物性パラメータである表面粗さや光学的性質については第V講で詳述する)。これを制御する紙の加工処理のいくつかを取り上げることにする。その代表的なものが顔料塗工であり、その他カレンダリング、サイズプレスなどの製紙工程における重要な加工処理の手法や理論について述べることにする。
1. 顔料塗工
顔料塗工とは鉱物性の顔料(最近ではポリスチレンなどの有機物からなるものもある)に顔料粒子を接着するバインダーを加えた塗工カラーを原紙に塗布する処理工程である。19世紀の半ばに考案され(紀元700年頃に中国で行われていたという記録もある)、初期にはクレーをにかわとともに手塗りし、乾燥後に手作業でつや出しを行っていた。その後ロールコーターやブレードコーターなどが発明され、現在では印刷用紙の半分以上は塗工紙である。新聞用紙への微塗工も一般的になりつつある。顔料塗工の第1の目的は印刷品質の向上であり、非塗工紙に比べ、平滑性、インキ受理性、光沢、白色度、不透明度が格段に向上する。以下順を追って顔料塗工の材料、工程、塗工層構造の形成過程、分析法などについて詳しく見ていくことにする。
1.1 塗工材料と組成
塗工カラーを構成する主成分は顔料とバインダーである。
1.1.1 顔料
カオリンクレー、炭酸カルシウム、二酸化チタンが主な鉱物性顔料である。
(a) カオリンクレー
クレーは主にカオリンからなる粘土鉱物で幾つかの種類があり、また不純物をたくさん含んでいるのが普通である。したがってカオリン以外のクレー(例えばセリサイトクレー)も存在する。現在塗工用に用いられるクレーといえばカオリンのことである。カオリンという呼び名はその中のカオリナイトという物質に由来し、純粋なものは次の組成式及び図2.1の模式図に示すような規則正しい構造を持つ。
(OH)8Si4Al4O10 or Al2O3・2SiO2・2H2O |
式
(2.1) |
からなるものである。2番目の組成式は酸化アルミニウムと二酸化ケイ素が結晶水を保持していることを示しているが、覚えやすい形になっているだけでこの水は結晶水とは異なる。図2.2に実際の結晶形態を示す。六角形の薄板状であることがわかる。
カオリンは内添も含め広く使用されている顔料である。イギリスのCornwallやアメリカのGeorgia、ブラジル、オーストラリアなどで産出する。性質は産地にもよる(不純物の種類や割合が微妙に異なる)が、次のような特長を持つ。
l
非反応性(水に不溶。フッ化水素酸には溶解)
l
毒性がない。
l
色(白色である。二酸化チタンや炭酸カルシウムと比べると白色度が劣る)
l
良分散性(高い固形分でも容易に水に分散する)
l
板状の粒子形状(インキ受理性がよく、印刷品質がよくなる)
(b) 炭酸カルシウム
紙の中性化(溶液型ロジンサイズを定着させる硫酸アルミニウムは弱酸性を示すため、繊維の主成分であるセルロースを加水分解し紙を劣化させるが、AKDやASAなどの中性サイズ剤を使用するとこれが防げる)に伴い、塗工用顔料及び填料として1960年代に急速に普及した。それ以前はほとんどが酸性紙であり、酸性下で溶解する炭酸カルシウムは使用できなかった。製造工程により、重質炭酸カルシウム(天然の石灰石を粉砕して製造したの、GCC)と軽質炭酸カルシウム(一部溶解させて沈降させたもの、PCC)に分類できる。特にPCCは特性を制御しやすいので、粒径、粒度分布、表面積、粒子形状を用途に合わせて設計できる。このような特性は塗工紙の印刷適性に大きな影響を与える要素である。PCCは製造コストが高くなるが、微細なGCCと比較し、塗工層の白色度、透気度、ポロシティ(有孔度)などに優れている他、特に白紙(未印刷の塗工紙の)光沢が高くなる。
粒子形状はまず一次粒子の結晶形態によって決まる。カルサイト(立方体と紡錘形)が最も一般的に使用される。アラゴナイト(針状)とバテライト(球状集合体)は不安定で400℃以上に加熱するとカルサイトになる。また800-900℃以上になると分解し、生石灰(酸化カルシウム)になる。条件によっては550℃くらいでも分解が始まるので、熱分解して重量から求める灰分測定では525℃で行う。また水に微溶で、スラリーはpH8.5程度になる。
製造は天然の石灰石を高温で酸化カルシウムと二酸化炭素に分解し(不純物の除去作用あり)、酸化カルシウムを水に入れ水酸化カルシウムとする(消和)。これに、条件(温度、濃度、撹拌の程度)を制御しながら二酸化炭素を吹き込み、次の反応式に示されるように炭酸カルシウムを得る。
Ca(OH)2 + CO2 → CaCO3 + H2O |
式
(2.2) |
一般に商業印刷用紙向けの塗工用顔料では、カオリンクレーと炭酸カルシウムが全使用量の大部分を占める。炭酸カルシウムは白色度、不透明度、ポロシティ(インキ受理性がよいのでウェブオフセット用途に向く。なお、インキのビヒクルが速く吸収されてセットが速いときインキ受理性がよいという。)、塗工カラーのレオロジー適性、低バインダー必要量の点で優れている。レオロジーでは、図2.3に示すとおりほぼ同一の粒子径(90 % > 2 mm)であっても球状に近い形態を持つ炭酸カルシウムの方が高せん断応力下では低い粘度を示す。これはブレード塗工などで低塗工量の制御が高固形分で(乾燥コストの低減につながる)可能であることを意味する。また、オフセット印刷におけるピッキング(顔料粒子や塗工層の一部がインキの粘着性のためはぎ取られる現象)に対する抵抗性をカオリンクレーに比べて3部程度低いSBラテックス量で実現できる。一方、カオリンクレーは白紙光沢、印刷光沢、平滑度、価格に優れている。図2.4は中質の軽量塗工紙をカオリンクレーと種々の粒径を持つ炭酸カルシウムを使って製造したときの光沢を示す。炭酸カルシウムの配合量を増加させると光沢は低下し、粒径の大きい炭酸カルシウムほどその傾向が強いことがわかる。したがって大粒径のGCCは低光沢のつや消しとして用いられることもある。カオリンクレーが高い光沢を発現するのは、平板状構造であるためカレンダリングによってその面が紙面方向に配向するためであると言われている。このように長所、短所を生かして用途に応じて比率を決定する。
(c) 二酸化チタン
最も白色度の高い顔料であり、少ない配合で白色度を増加させたい場合に用いられる。結晶形としては、アナターゼ(anatase)型とルチル(rutile)型がある。高い白色度は高い光散乱能を持つことに由来する。光散乱は2つの物質の屈折率の差が大きいときに起こる。空隙の大きい紙の場合は一方は空気であり、もう一方は、パルプ繊維や顔料などになる。表2.1にあるように二酸化チタンは最も高い屈折率を持つ。高価なので白板紙ライナーボードや軽量コート用に5〜10
pphの範囲で用いられる。
(d) 非晶質シリカ
表2.
1 塗工用顔料の物性 |
|||
顔料 |
屈折率 |
密度, g/cm3 |
モース硬度 |
二酸化チタン(ルチル) |
2.72 |
3.8-4.2 |
6.0-6.5 |
二酸化チタン(アナターゼ) |
2.55 |
3.7-3.9 |
5.5-6.0 |
カオリンクレー |
1.57 |
2.6 |
1.5-2.0 |
炭酸カルシウム(重質) |
1.56 |
2.6 |
1.5-2.0 |
炭酸カルシウム(軽質) |
1.66 |
2.7 |
3.0 |
焼成クレー |
1.57 |
2.9 |
3.0 |
水酸化アルミニウム |
1.57 |
2.6 |
2.5-3.5 |
沈降型非晶シリカ |
1.45 |
2.4 |
|
インクジェット用塗工層に配合する顔料である。シリカ(Si(OH)4)モノマーをシロキサン結合(Si-O-Si)によって重合すると、凝集体構造の一次粒子を形成する。これが3次元的にネットワーク構造を作りゲル化するか、あるいは最終的に100
nm径の粒子を形成してゾルになる。このような生成過程のために非晶質シリカは空隙率が高くなる。また細孔の多い構造となり、比表面積は200 m2/gにも達する(パルプは2
m2/g、通常の顔料は20 m2/g程度)。したがって、親水性であることと合わせて水性インキの吸収が速く、インクジェット印刷適性を示す。
その他の顔料もいくつかあるが市場全体としての使用量は少ない。サチンホワイトは酸化カルシウムに硫酸アルミニウムを反応させて作った硫酸カルシウムである。白色度、光沢、耐水性の改良を目的として添加されるが、〜20 pphまでである。
水酸化アルミニウムは薄い六角板状の結晶形を持つ。白色度の改良を目的とするが、不透明度、光沢、平滑度及びインキ受理性も向上する。
1.1.2 バインダー
塗工カラーには顔料粒子同士を結合するために必ずバインダーを配合する。バインダーは塗工カラーに配合する主成分としては高価なものであり、製造コストの観点からなるべく使用量を抑えたいが、配合量が少なすぎると顔料粒子同士の結合力が低下するのでオフセット印刷などではピッキングが発生しやすい。また多すぎても空隙量が減少するのでインキ受理性が悪くなる。
(a) ラテックス
塗工用バインダーとして広く使われているのが(特にSB)ラテックスである。固形分48〜50 %程度のものが商品として取り扱われていることからわかるように高濃度でも粘度が低いという特長がある。
l
SBラテックス
代表的なものがスチレンブタジエン(SB)ラテックスである。ラテックスの中では顔料結合力が高く、比較的安価である。表2.2に合成ラテックスに使われる代表的なモノマーを示す。全てエチレン結合の付加重合反応によりポリマーは生成する。SBラテックスはスチレンとブタジエンを乳化重合して製造される。この共重合したポリマーは、S/Bの共重合率により大きく物性が変わり、その最も重要な性質の1つがガラス転移温度(Tg)である。ブタジエンの比率が高いものはTgが下がり軟らかくなる。またブタジエンの付加様式により直鎖状になる1,4付加と、橋かけ構造を作る1,2付加があり、橋かけの程度はゲル分率(エタノール不溶分率)として測定され、有機液体に対する膨潤性の指標となる。また二重結合が残るため紫外線により黄変する欠点もある。
l
アクリル系ラテックス
アクリル酸エステル及びメタクリル酸エステル(メタクリル酸メチルなど)の共重合により製造される。メタクリル酸メチルの代わりにスチレンが用いられる場合もある。結合強度や耐光性(黄変しない)、耐水性に優れるが、製造コストが高いので用途が限られる。
l
酢酸ビニル系ラテックス
酢酸ビニルと、アクリル酸エステル(アクリル酸ブチルなど)やメタクリル酸エステルとの共重合体である。耐光性があるが耐水性に劣る。スチレン(残留モノマーが臭う)をまったく重合せず臭いがないので食品包装用の板紙に用いられる。
(b) 水溶性バインダー
ラテックスはエマルジョン型の分散液であるのに対し水溶液型のバインダーは塗工カラーを乾燥固化したときに空隙率が低くなる特徴がある反面、顔料結合力はラテックスよりも大きい。一般に耐水性が低く不溶化剤を入れる必要がある。
l
デンプン
SBラテックスのコバインダーとして広く用いられる。安価であるという最大の長所に加え、紙にこし(剛性)を与える。コーン、馬鈴薯、小麦などから生産されるが、天然のデンプンのままでは低濃度の水溶液でも高粘度となり、また温度が下がるとゲル化により粘度が上昇し作業性が悪いので、酵素、熱、化学的な変性を経て塗工に供される。表2.3に変性デンプンの種類と化学構造を示す。
化学的変性デンプンとして、酸化デンプンがある。細粒(granule)のまま次亜塩素酸ナトリウムで酸化する。特にアミロース鎖の水酸基をカルボキシル化またはカルボニル化する。最も使用量が多い。リン酸エステル化デンプンは、水酸基をオルトリン酸(NaH2PO4)によりエステル化して製造する。ヒドロキシエチルエーテル化デンプンは、アミロースの短い側鎖をヒドロキシエチル基に置換するので老化(retrogradation)しにくく粘度安定性がよいが、高価である。
l
ポリビニルアルコール
製造法の点から見ると、ラテックス同様合成バインダーに分類される。図2.5からわかるように単位重量あたりでは最も結合強度の強いバインダーであるので配合量を減らすことができ、そのため水溶性のバインダーとしては空隙の多い塗工層を形成することが可能である。しかし、高価で高粘度となるのでインクジェット用紙などの付加価値の高い用途以外は使用量が少ない。
1.1.3 その他の添加剤
顔料、バインダー以外の材料は添加量が少なく助剤、あるいは添加剤として総称される。代表的な物の1つは顔料分散剤で、ポリアクリル酸塩、ポリリン酸塩などが用いられる。良好な顔料の分散は、カラーの粘度を下げ均質な塗工面を作る。消泡剤や発泡防止剤も用いられる。塗工カラーに泡が混入するとピンホールやクレーター(大きなピンホール)を表面に作ったり、ストリーク発生(ブレードに大きな粒子が引っかかると筋状の傷ができる)の原因となる。薬品としては、ポリグリコール、シリコンエマルジョン、乳化性パインオイルなどが用いられる。その他、粘度調整剤(CMC=カルボキシメチル化セルロース)、潤滑剤、耐水化剤、保水剤、色材、印刷適性改良剤(かさ高い構造を作る)などが用いられる。
1.1.4 塗工カラーの配合
表2. 4 塗工カラーの配合例 |
|
薬品 |
配合量(部数) |
カオリンクレー(No.1 グレード) |
50 |
軽質炭酸カルシウム |
50 |
ポリアクリル酸ナトリウム(顔料分散剤) |
0.4 |
ヒドロキシエチルエーテル化デンプン |
2 |
SBラテックス |
12 |
CMC(粘度調整剤、保水剤) |
0.4 |
ステアリン酸カルシウム(潤滑剤) |
1 |
(固形分) |
65 %) |
上記に述べてきたような塗工材料をどのように配合していくかについて簡単に触れておく。基本的には顔料の乾燥質量(2種類以上の場合はその総量)を100部(pph = parts per hundrend of pigment)とし、それに対する各配合物の固形分だけの比率で各組成を示す。通常、表2.4で示すようにバインダーを15部前後配合する。バインダーの配合部数は塗工層の空隙構造(図2.13参照)及び顔料結合力(図2.5参照)と関係が深い。固形分はこれに水(水として加える部分及びSBラテックスなどのように既に含水分散液や水溶液になっている場合の水の総量)を合わせた塗工カラー全体に対する、固形分だけの比率である。一般にエアナイフコーターなどでは40
%前後、ブレード塗工では55〜70 %の範囲で塗工される。混合する際は次のような手順で行う。
@顔料の分散(カオリンクレーや炭酸カルシウムなどに分散剤を加えて行う)。図2.6に代表的な分散機の例を示す。
Aバインダーの調製(特にデンプンの加熱、変性、溶解など)
Bバインダー(ラテックスを除く)、助剤などを測り取り顔料スラリーに添加して混合
C凝集物を取り除くためにスクリーンに通す(顔料分散直後にも)
Dラテックスを最後に添加し緩く撹拌
E固形分、粘度、pHなどカラーの物性を測定
F貯蔵
Gコーターで還流して再使用するときは再度スクリーンを通す。
1.2 塗工装置(コーター)
近年の塗工速度の向上と広幅化が進み、コーターに関する技術向上には目を見張る物がある。以下に述べる基本的な塗工方式以外に、塗工量や塗工カラー濃度をモニターする技術や二度塗りを行うダブル塗工などの技術も発展している。
1.2.1 ブレードコーター
塗工カラーを原紙に塗布したあと、ブレード(刃)でかき落として塗工面を形成する方法である。平滑性が高く仕上がり、高速化に向いているので印刷用紙向けにもっとも広く使われる方法である。図2.7に側面から見た模式図を示す。まず、カラーパン(受け皿)の中で回転するアプリケータロールがカラーをかき上げて原紙に塗布する。そのあとにブレードの刃面で適当な塗工量になるようにかき落とされる。このとき紙はバッキングロールによって支持され、またブレードは適度な角度に向けられ、また適度な力で後方から押される。塗工カラーの給液は従来アプリケータロール方式が主流であったが、乱流や遠心力によるリングパターンの発生の問題があり、高速塗工には向かない。この意味で、細いスリットから吹き出させるジェットファウンテン方式や一方がブレードで他方をもう一枚のせき板でカラーが保持されているチャンバー方式に移りつつある。
1.2.2 ショートドウェルコーター
上記のチャンバー方式はショートドウェルコーターと呼ばれる。ドウェル時間とはカラーが塗布されてからかき落とされるまでの時間を言う。ドウェル時間が短いのでカラーからの脱水量を減らすことができる。図2.8に模式図を示す。
1.2.3 エアナイフコーター
図2.9に示すようにブレードの代わりにエアジェットでかき落とす方式である。平滑性を生み出すブレード方式に比べ、原紙表面の形状に忠実で厚さの均一な塗工層を形成する。板紙では、原紙表面が粗いのでブレード塗工を行うと塗工層の厚いところと薄いところの差が目立ち、面感が非常に悪くなるのでエアナイフ方式で塗工することが多い。異物や凝集物が塗工カラーに混入していてもストリークが発生しないという利点もある。
1.2.4 キャスト塗工
特別に光沢のある塗工面を作る場合に用いられる。クロームメッキ仕上げの鏡面を持つ大径ロールに押しつけて乾燥させる。塗工速度は数十m/minと、きわめて遅い。キャストコート紙はカレンダリングの必要がなく、空隙の多い構造を取るのでインク受理性がよい(インキを早く吸収)。図2.10に装置を示す。
1.3 塗工カラーのレオロジー
塗工からのレオロジーは作業性(runnnability)と関係が深く、ストリークやスクラッチ、スキップ、紙切れ、ブリーディングが起こることなく、高速で高い固形分のまま薄い塗工層をいかに容易に塗布できるかということが重要となる。
流体にせん断力(式2.4参照)を加えると、せん断速度とせん断応力の間にある種の関係が生じ、その傾き(せん断応力をせん断速度で除したもの)が粘度である。図2.11に示すようにニュートン流体では比例関係があり、粘度(この図では傾きの逆数)はせん断速度によらず一定である。このような挙動は水や低粘度のシリコンオイルで見られる。異常粘性を示す例として、ダイラタンシー(海辺の砂地を踏んだときに砂粒粒子間隙が広がってそこに水が吸い込まれ乾いて見えるなど、粒子の充填が緩くなって体積が増加する現象)がある。せん断速度が上がると見かけ粘度が増加するshear-thickening現象も含めて言うこともある。固形分50%程度の焼成カオリンスラリーで見られる。チキソトロピー(撹拌のような外力を与えると粘性のあるゲルの内部構造が破壊されて流動性のあるゾルに変わり、放置すると再びゲルに戻る現象)を広義に解釈すれば図2.12に示すように塗工液は通常せん断速度を上げると見かけ粘度が下がる性質があり、チキソトロピーを示すと言える。デンプン水溶液やラテックスにもこの傾向が見られる。
1.4 乾燥工程
塗工前の原紙の乾燥にはカンバス(布地)を紙に当てて加熱したシリンダーに押しつけるように接触させる方式の乾燥法を取るが、塗工直後は塗工層が十分固化していないので、特に両面塗工の場合はシリンダードライヤーは使えない。通常、エアフォイルから空気を吹き出させて紙匹を支えるフロータドライヤーや赤外線(IR)ドライヤーを用いる。乾燥はバインダーのマイグレーション(ラテックスやデンプンが強熱乾燥することにより表層付近に集中する現象)と関係が深く、それが面内で不均一に起こると印刷品質を低下させる。不動化点(バインダーがマイグレートしなくなる時点)の直前ではゆっくり加熱しその前後で強熱乾燥することなどが配慮を行っている。
1.5 塗工紙の構造
1.5.1 空隙構造
塗工層構造の最も重要な因子の1つが空隙構造である。第T講でも学んだように空隙率や細孔半径は印刷インキなどの液体吸収速度を決める因子だからである。顔料とバインダーの配合部数に比率は塗工層の空隙構造を決定する主要因である。これを表現する考え方として顔料容積濃度(PVC=Pigment Volume Concentration)がある。これは、体積から見た塗工カラー全体(顔料+バインダー)に対する顔料の比率であり、式(2.3)のように定義される。
|
式
(2.3) |
ここで、Vpは顔料の占める容積、Vbはバインダーの占める容積である。
PVCを大きくしていくと(バインダーに対する顔料配合の比率を上げていくと)、図2.13の走査型電子顕微鏡写真で示されるようにあるPVC以上になると空隙が発生するようになることが分かる。このようなPVCをCPVC(Critical
PVC)と呼ぶ。CPVC前後での塗工層構造の模式図を図2.14に示す。PVCは顔料結合力(図2.5参照)と関係が深い。
l
塗工カラーのコンソリデーション(脱水固化)プロセス
PVCの考え方は、乾燥した塗工層の顔料とバインダーの比率に基づいて構造を説明する概念であったが、塗工カラーにはこれに水が加わる。カラーの脱水過程の構造をを評価する方法として脱水量そのものだけではなく過渡的な構造から評価する方法も提案されている。これによると塗工層形成過程をいくつかの段階に分類できる。図2.15は、塗工カラーを透明なフィルムに塗布し乾燥させる過程で光沢と黒色の裏当てをしたときの光の反射率(不透明性を示す)を測定したデータである。固形分60
%付近でまず光沢が大きく低下する。これは水が蒸発する過程で表面にある顔料の形状が露呈し始める濃度であり、第1次臨界濃度(FCC=First Critical
Concentration)と呼ばれる。また固形分80 %付近では不透明性が大きく増加する。これは塗工層の中に空隙が生じ始める濃度であり第2次臨界濃度(SCC=Second
Critical Concentration)と呼ばれる。模式的な図を図2.16に示す。
l
FCC以後乾燥までの塗工層形成プロセス
内部に空隙が生じ始めるFCC以後の脱水過程でも顔料粒子の相互位置関係はわずかに変化する。液体窒素で塗工カラーを凍結し、凍結乾燥することにより湿潤状態の塗工カラーの構造(顔料の充填状態)を知ることができる。図2.17は調製した塗工カラーの各成分の容積及び空隙量を各材料の比重と配合量から求め(APPLIED)、さらにPETフィルムに塗工した後、脱水過程の各段階での空隙容積をオイル含浸法(シリコンオイルを十分が含浸させ試料の周囲に付着したオイルを拭き取ってから質量増加分を測定する方法)で計算した結果である。FD-0は塗布直後で水の蒸発がほとんどなく、塗布前のカラーとほぼ同じ空隙量を持つことが分かる。SCC以後、室温乾燥(RT)ではさらに空隙が小さくなっているが、これは乾燥過程で塗工層全体が収縮していることを意味する。原料粒子間隙で水が蒸発する際に働く毛細管力のために顔料粒子が密集するように引きつけられるために起こると考えられている。60℃の送風乾燥(AG)では同程度の空隙量であるが、オーブン乾燥(OV)、赤外乾燥(IR)のような強い乾燥条件ではラテックスフィルムが軟化してより収縮しやすくなったために空隙量が減少していくと考えられる。
1.6 塗工紙の分析方法
塗工紙の品質を評価するには様々な分析方法がこれまで適用されている。問題となっている印刷品質の欠如が塗工紙のどのような構造や特性と関連があるのか知るには適切な分析方法を選択することが重要である。
(a) 観察・分析機器
l
走査型電子顕微鏡(SEM)
電子線を試料上で走査しながら反射してくる二次電子を検出して画像化する方法で、塗工紙の表面及び作製した断面の最も一般的な観察方法である。図2.2に示すカオリンクレー粒子もSEMによって観察されたものである。光学顕微鏡に比べ分解能が高く、金蒸着などの簡単な導電性処理を行うだけで容易に観察できる。
l
透過型電子顕微鏡(TEM)
電子線を透過させて観察するため通常薄い切片やフィルム状の試料を調製する必要があるが、極めて高い分解能を持つ。塗工紙表面の形状を観察するためにはレプリカを作り、カーボン蒸着で陰影をつけて観察するが、煩雑となる。むしろラテックスフィルムなどの観察に向く。SBラテックスの融着状態などが観察できる。図2.18はSBラテックスとデンプン水溶液の混合物を120 ℃で乾燥して調製したブレンドフィルムをTEMで観察したもので、SBラテックス同士は完全には融着せず粒子形状を保っていること、またSBラテックスとデンプンは相溶性がなくフィルム中で相分離した状態で存在していることがわかる。
l
トポグラフィックSEM
表面の形状を正確な3次元情報として測定できるSEMである。2つの対向する二次電子検出器の出力からその点の傾きを計算する。凹凸の少ない平坦な表面の形状を測定するのに適している。例として図2.19にマットコート紙の表面の写真を示す。通常のSEM写真では他の種類のコート紙との相違を見分けるのが不可能であるが、トポグラフィックSEM写真ではマットコート紙に無数の突起が表面に存在することがわかるようになる。このような突起は他の種類のコート紙では観察されない。エリオニクス製
電子線三次元粗さ解析装置 ERA-8800である。
l
環境制御走査型電子顕微鏡(ESEM)
鏡筒内の試料室を水などの蒸気で満たしておくと、二次電子は水分子に衝突することにより増幅され、専用の二次電子検出器にとどく。水を直接観察することが可能であり、また無蒸着のまま低真空(約1/30気圧まで可能)で観察可能である。水に濡れることによる繊維の毛羽立ち(fiber rising)を観察した例は既に第T講の図1.29に示した。微小部位の水との接触角の測定なども可能である。ニコン製 ESEM-2700、フィリップス製 XL30 ESEM-FEGなどのモデルがある。
l
Cryo-SEM
乾燥による試料の収縮を避けるために液体窒素で凍結して観察できるのが特長である。凍結後に塗工層を割断し、クレーの配向などの観察した例がある。
l
光学顕微鏡
透過光によって観察するため、マイクロトームなどを使って試料を薄く切り出す必要がある。塗工紙断面の観察に用いられる。
l
共焦点型光学顕微鏡
レーザー光又は白色光を使い、焦点のあった位置にある部分だけが観察される。塗工面の内部にある原紙の繊維の観察が可能である。また、表面に焦点が合ったときの焦点距離を各2次元位置によって算出すれば3次元表面形状測定機になる。フランスのCOTEC製PaperMapなどがある。図2.20は紙表面の形状を測定した例である。2次元のCCDセンサーとレーザーを使って高速化したものにレーザーテック製1LM21DWがある。
l
実体顕微鏡
光学顕微鏡の反射型であり、高精度のルーペであると考えればよい。塗工紙表面に印刷されたドット形状の観察、インキフィルムの観察などに有効である。図2.21に、塗工層の断面を切りだし、デンプンの塗工層内の分布及びサイズプレスによるデンプンの浸透状態をヨウ素で染色して(ヨウ素デンプン反応)観察した例を示す。
l
紫外顕微鏡
フェニル基に由来する紫外吸収ピークにより、SBラテックスの分布を見ることができる。
l
超音波顕微鏡
水に浸漬して材料内部のクラックなどを検出するためによく使われるが、塗工紙の表面形状及び塗工層/原紙界面形状観察にも適用が可能である。超音波が反射してくる位置(プローブからの距離)を画像化することにより表面形状あるいは内部の2媒質間の界面の形状などを画像化できる。図2.22はこのようにして捉えたアート紙の表面及び塗工層/原紙界面の画像である。また、表面で反射してきた超音波と、最初の界面で反射してきた超音波が検出される時間差(1層目の厚さに比例する)や反射してきた超音波の強度を画像化することなども可能で応用範囲が広い。
l
X線回折法
結晶構造の差異をX線回折のパターンにより知る手法で、無機顔料は通常特定の結晶形を持ち100 %近い結晶化度を持つので定性分析や、内部標準物質のピーク強度の比較による定量分析に利用できる。次のEDXAのような元素分析と比べると、同一物質(例えば炭酸カルシウム)でも結晶形が違えば区別できる(カルサイトとアラゴナイトを)点で有利である。また、特定の面が特定の角度で並ぶ(配向)場合はその配向の程度を知ることができる。例えばカオリンクレーは板状の形状を持っているため紙面に沿って配向しやすく、その程度をX線回折のピーク強度比から知ることができる。図2.23は塗工用に使われる顔料のX線回折図を示す。未知の塗工紙のX線回折パターンからどの顔料が含まれているかを知ることができる。
l
SEM-EDXA(EPMA)
SEMと組み合わせて元素分析を行う方法で、電子線を照射して放出される蛍光X線のスペクトルを得ることができる。EDXA(Energy
dispersive X-ray analysis)やEPMA(Electron probe micro-analysis)と呼ばれる。カオリンクレーに含まれるアルミニウム(Al)やケイ素(S)、炭酸カルシウム(Ca)の定量ができる。また、SBラテックスのブタジエン由来の二重結合部分にオスミウム(Os)を付加して、観察する方法もある。図2.24は2種類の用途の異なる(オフセット用とインクジェット用)塗工紙の表面を分析した結果で、スペクトルからそれぞれ使用されている顔料を予測できる。
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蛍光X線
SEM-EDXAと同様に鉱物質顔料の定性、定量分析ができる。電子線ではなくX線を照射して放出される蛍光X線のスペクトルから元素組成を知ることができる。SEMとは異なり広い面積での分析を行うので、試料全体の平均的組成を知るときに有利である。
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ESCA(XPS・X線光電子分光法)
X線を励起線源として用い、放出される光電子のスペクトルから極表層(数nm)の原子や分子の構造あるいは電子状態を知ることができる。塗工層表面の炭素原子に関して光電子スペクトルを調べるとラテックス及びデンプンに由来する炭素を区別できるので表層での両者の比率を測定することが可能である。
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原子吸光法
試料を炎中に噴霧するなどして加熱し、目的元素を基底状態の原子に解離させ、これによって同種元素から放射された共鳴線が吸収されることを利用した分析法である。金属塩を微量加えておき、塗工カラーの水がどこまで原紙の内部に浸透したかを測定することに応用された例がある。
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赤外分光法
赤外領域の光を照射すると、分子内の原子間の結合の伸縮振動や変角振動に対応した赤外光だけが吸収される。紙のような不透明性の高いシート状の試料には、通常全反射法(ATR)により測定を行う。塗工層にある顔料・ラテックス・デンプンに特有の吸収スペクトルが得られる。図2.25は塗工層の赤外スペクトルであり、それぞれのピークが使用されているカオリンクレー及びSB-ラテックスのピークに一致することが分かる。
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紫外反射分光光度計
SBラテックスに含まれるフェニル基は、260 nm付近に紫外光の吸収ピークを持つ。これを利用してSBラテックス量を測定する方法がある。図2.26はこの原理を示したもので235 nmと285 nmでの吸光度を直線で結びそこからの高さは、試料の光沢によらず、SBラテックス量に比例することが確かめられている。クロマトスキャナーを利用してSBラテックスのマイグレーション量を測定する装置が開発されている。昭光通商からコート紙表面分析システムCS-9300Cが製品化されている。
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熱分析
熱重量分析(TGA)は、一定の昇温速度のもとにおける物質の質量変化を測定するものであり、示差走査熱量分析(DSC)は一定の昇温速度のもとで試料と基準物質間に温度差が生じるときに起こる熱流の速度変化を測定する方法である。カオリンクレーは約400℃で構造水を失っての非晶化しメタカオリンとなる。これは焼成クレーと呼ばれ塗工適性が高い。また炭酸カルシウムは825℃で分解して酸化カルシウムとなる。これらの分解の様子が熱分析によって分かる。また、通常塗工用バインダーとして使用されるSBラテックスは室温付近で最も強度が出るように、ガラス転移温度(Tg)は25〜30℃に設計されている。図2.27はDSCの出力チャートで、SBラテックスのガラス転移温度を測定した例である。
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熱分解ガスクロマトグラム
熱分解により放出される微量のガス状成分を検出できる。SBラテックスの定量にも応用可能である。
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酵素電極式グルコースセンサー
図2.28に示す原理でグルコース量の定量を行う。塗工層にバインダーとして含まれるデンプン量を測定できる。塗工層の一部を採取し、あらかじめ熱水抽出した後グルコアミラーゼでグルコースに分解してから測定する。強熱乾燥時に塗工層表面にデンプンがマイグレートする現象もこれによって評価できる。王子計測機器製BF-3Tがある。
(b) 物性測定機器
ここでは印刷適性に関連した紙の主要な物性を測定する装置を紹介するが、装置の詳細については第V講で述べる。
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表面粗さ
- 空気漏洩式
平滑な金属面で紙の表面を押さえ、金属面にある穴から空気を一定圧力で圧入すると、金属面と紙表面との間隙を通って空気が漏洩する。一定量の空が漏洩するまでの時間あるいは圧力の降下などを測定することにより紙の表面粗さを評価できる。ベック平滑度、パーカープリントサーフ(PPS)などがある。日本では王研式平滑度、海外ではシェフィールド型の試験器も汎用的に使われる。
- 表面形状プロファイル測定機
先端が微小な径を持つ針を紙面上でなぞり、わずかな上下方向の振動を増幅して紙表面の形状を測る触針式、共焦点レーザー・共焦点白色光なども同様に用いられる。図2.20はその測定例である。
- 原子間力顕微鏡・走査型プローブ顕微鏡
窒化ケイ素などでできた先端径数nmのプローブと試料のごく表層面との間に働く原子間力やわずかに接触させたときの摩擦力を測定して画像化する装置である。表面形状が測定できる他、表面に存在する異物質間の粘弾性の差を識別することができる。図2.29はラテックス及びデンプン水溶液をブレンドして室温で乾燥したフィルムの表面をプローブで横方向になぞったときのプローブに作用する摩擦力を画像化したものである。ラテックスの方が粘着性があり大きな摩擦力を示す。室温ではラテックス粒子が融着しないため粒子形状を示すことが分かる。図2.30は120℃で乾燥したラテックス/デンプン ブレンドフィルムの表面を一定周波数で上下に振動するプローブで走査したときに物質の粘弾性によって遅れが出る度合いが異なるので、これを位相差として検出した画像例である。この方法により塗工層のラテックスとデンプンの相分離状態が観察できた。セイコーインスツルメンツの走査型プローブ顕微鏡システムSPI3800N
+ SPA-300(図2.29)やデジタルインスツルメンツのNanoScopeVa + Dimension 3000(図2.30)などがある。
- 動摩擦試験器
紙間摩擦はコピー機や枚葉印刷機での給紙、あるいは積み上げた紙や段ボール箱の荷崩れの問題とも関係があり重要な性質である。紙間の動摩擦を測定すると紙の表面粗さと相関が高いことが分かる。
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液体浸透性
ブリストー装置、らせん走査型吸液装置(DSA)、吸液速度不均一性プロファイル測定機、超音波減衰率測定、接触角測定器などがある。第T講で述べた通りである。
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塗工量分布
塗工量は塗工紙の分類基準にもなっているように重要なパラメータの1つである。一般に塗工量が大きいと印刷用塗工紙としての機能は向上する。平均的塗工量は塗工前の原紙と塗工紙の質量差から求めることができる。あるいは顔料だけを灰分として測定する場合もある。塗工量の分布は塗工紙の均一性という観点から印刷品質を左右する重要な要素である。均一性を測定する方法として次のようなものがある。
- エレクトログラフ法
透過型電子顕微鏡を利用し、試料と記録フィルムを重ねて電子線を照射する。電子線の透過量に応じて感光量が変わり、塗工量分布を測定することができる。電子線は透過力が小さいという先入観を打ち破った新しい方法である。
- ソフトX線、β線
線源として最も一般的に用いられるのがソフトX線とβ線である。電子線も同様であるが、これらの放射線は可視光と違って紙の中で散乱することがないので透過量が塗工量と相関する。
- SBラテックスにOsを付加−光透過法
SBラテックスにオスミウムを付加させると可視光領域での吸収が大きく(簡単に言えば黒くなる)、可視光の透過量分布を測定すればSBラテックスの面方向の分布を知ることができる。これはほぼ塗工量分布に比例することが実験的に確かめられている。
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ポロシティ(有孔度)
紙は基本的にパルプ繊維、塗工層の場合は顔料という微細な粒子が集合体を作る構造をとっているので空隙が多く、この空隙の全体に占める割合(空隙率)や細孔分布は紙の重要な物性の1つである。
- 透気度
空気漏洩式平滑度測定法と同様に紙の一方の側からもう一方の側へ抜ける空気の速度又は圧力降下を測定する。
- 水銀圧入法
第T講の演習問題2でも扱ったが紙を濡らさない液体である水銀に紙を入れ圧力をかけて紙中のポア(細孔)に水銀を浸入させる。圧力と浸入体積の関係からどの程度の半径の細孔(全て円管状のポアであると考える)に水銀が入ったかを計算し、細孔分布を求める。
- 窒素吸着法
固体表面の分子は、一方の側は内側の分子と結合しているが、もう一方の側面は原子や分子間が不安定であり、この不安定さを飽和させるために、表面分子は気体、蒸気あるいは液体分子を吸着させる。この吸着力の1つは物理吸着であり、この吸着量を測定することによりその試料の表面積を算出する。試料を高真空下に置き、窒素をわずかずつ入れて吸着平衡に達したときの窒素の圧力(あるいは試料の重量)を測定する。吸着量を増加させていき、数点で測定したデータから表面積がわかる。
- NMR法
外部磁場を急に変えたときに物質の磁気モーメントが新しい熱平衡に達するまでの緩和時間を測る。試料を水に十分浸漬した状態で水のスピンースピン緩和時間を測定すると試料表面に吸着した水と試料に影響を受けないバルクの水ではこの緩和時間が異なる。緩和時間の分布から試料の表面積を算出する方法である。
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カラー粘度・保水性
塗工カラーの粘度は操業性と深い関係がある。良好な操業性とは、ストリークやスクラッチ、スキップ、紙切れ、ブリーディング(刃もれ)の発生(カラーの一部がブレードの出口後方に堆積していく現象)が起こることなく、高速で高い固形分のまま薄い塗工層を容易に塗布できることを指す。保水性は塗工カラー中の水あるいは液層成分が簡単に原紙に吸収することなくカラーに保持される強さを表し、保水性の高いカラーは表面のポアに塗工層が陥没しにくく、またカラーの低粘度が保たれる。一般に塗工カラーの粘度は低い方が、また保水性は高い方が塗工量制御が容易である。
- ブルックフィールド(Brookfield)型粘度計
二重になった円筒に液体を入れ内筒だけを一定角速度で回転させる。液の粘性のために一定速度を保つためにはある程度の力が必要である。これをトルクとして測定することにより粘度を求めることができる。液体がニュートン流動すると見なしたときには次のコッテ(Couette)の式により粘度を計算する。
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式 (2.4) |
ここで、wは内筒の角速度、Tはトルク、hは粘度、Lは二重筒の長さ、R1、R2はそれぞれ内筒、外筒の半径である。高粘度の液体では内筒の半径R1が小さくても十分大きいトルクが得られる。その場合には外筒に相当する容器はある程度の大きさがあれば半径はどれだけでもよい。R1≪R2と考えれば、上式において1/R22≒0と近似できるからである。
- ハーキュレス(Hercules)型粘度計
同様の回転型粘度計であるが、角速度を大きくし高せん断応力下での粘度を測定する装置である。ブレード塗工時には塗工カラーに高いせん断力が加わるので高せん断応力下での粘度は重要な性質である。その他キャピラリー型粘度計も使われる。
- セラミックプレート法
素焼きの粘土板に塗工カラーを滴下しガラス棒でかき混ぜる。粘度が上がりある程度硬くなった時点で粘土板上のカラーを回収し固形分を測定する。このときの固形分はそのカラーの保水性の指標となる。
- リテンションメータ AA-GWR
動的な保水性、すなわち塗工カラーにせん断応力が加わった状況でどれだけ保水性があるかを評価するために開発された。図2.31に示すように塗工カラーを加圧して脱水量を測定する。
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印刷適性
印刷適性(この場合はむしろ印刷品質というべき)を支配する要素は無数にあるが、印刷品質に関連する代表的な紙の物性を測定する方法はこれまで述べたとおりである。実際に印刷適性や印刷品質を評価するには試験印刷機が使われる。代表的な物が万能印刷試験機であり、これはプルーフバウ(Proof Bau)、フォグラ(Fogra)型試験機とも呼ばれる。その他よく使われる物としてRI印刷試験機、IGT印刷試験機などがある。詳細は第V講で述べることにする。
(c) 試料調製
塗工紙の構造や組成、微小領域での物性を調べるには測定機器の選択や測定条件以外にも試料の調製に工夫を凝らす必要がある。次によく用いられる手法の例を紹介する。
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原紙の溶解
塗工層部分だけを取り出して物性を調べたいときに用いられる。銅エチレンジアミン溶液や銅アンモニウム溶液が使えるが、濃紺色を呈するのでどの程度溶解したかが見えない。濃硫酸は非常に迅速に原紙を溶解するが、炭酸カルシウムを溶解してしまうので、カオリンクレーだけの塗工層には適用可能である。セルラーゼは通常酸性側で活性があるので同じく炭酸カルシウムを溶解してしまうが、アルカリ側で活性を示すもの(ノボノルディスクバイオインダストリー製セルザイム)もある。
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有機物の除去
原紙層の有機物(セルロース・ヘミセルロース・リグニン・有機高分子添加剤)、塗工層のバインダー(ラテックス・デンプン)を400℃で加熱すると燃焼し、炭化する。顔料のX線回折パターンを知りたいときなどに使える。
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塗工層の表層成分の分析
図2.32に示すようにかみそりの刃で表層を削り取る方法がある。約1 mm程度の厚さの塗工層を採取することが可能である。塗工層のごく表面のデンプン濃度を調べるためにこの方法で採取し、図2.28で示すグルコースセンサーを用いてデンプン濃度を測定した例がある。
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顔料の溶解
酸性水溶液では炭酸カルシウムを簡単に溶解できる。また、フッ化水素酸を使うとカオリンクレーを溶解することができる。
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SBラテックスに付加
生体材料の固定化材として従来から使われてきた四酸化オスミウムを利用する。SBラテックスのブタジエン由来の二重結合部分にオスミウム(Os)を付加させることにより乾燥過程で通常起こるSBラテックスの融着を止めることができる。また、SEM-EDXAなどで元素分析を行う際にラベルの役割を果たす。実験では四酸化オスミウム(OsO4)水溶液をデシケータの底部に置き、上部に数時間〜1日程度試料を置くだけでよい。また臭素を付加する方法もある。
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デンプンの確認
デンプンはヨウ素によって、青紫色を呈する。これはデンプン鎖状分子がらせん構造をとり、このらせんの内部に包接されるためであると考えられている。通常エタノールを含むヨウ素水溶液で染色するが、紙の変形を防ぐためにヨウ素アセトン溶液を使って水蒸気を当てると、図2.21のようにデンプンの分布状態を観察できる。
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液体窒素による凍結
液体窒素で塗工カラーを凍結し、凍結乾燥することにより湿潤状態の塗工カラーの空隙構造(顔料の充填状態)を知ることができる。図2.14にその結果を示してある。