3. 紙と水との相互作用

これまでに述べてきた液体吸収理論はサイズ度や含水率のような紙の性質が変わればまた変化していくべきものである。例えばL-W式における毛管半径rは、紙の特性によって決まるのであり、また接触角qは紙及び液体の表面エネルギーによってきまる。このようなパラメータは紙の何が影響しているのかをここでは考えていくことにする。具体的には紙の性質と水の吸収挙動との関係を主に実験結果から示すことにする。

3.1 紙の特性と吸水性

3.1.1      サイズ度と吸水挙動

サイズ剤は抄紙時にパルプスラリーに添加して使用される内添サイズ剤(ロジン、AKDなど)と、いったん抄紙されたあとにサイズプレスによって塗布される外添サイズ剤(デンプンなど)がある。いずれも本来親水性パルプ繊維に撥水性を与える目的で用いられるが、外添の場合はオフセット印刷時に繊維がインキにむしり取られないように強度を与える効果もある。図1.23はブリストー装置によって測定した吸水曲線である。左図は内添サイズのよく聞いたコピー用紙の場合で、一般的に言われる濡れ時間(完全な水平部分は得にくい)の後、接触時間の平方根に比例して吸収が進行する。右図はでんぷんのサイズプレスを施した弱サイズ紙に対する場合で、接触時間の平方根に比例した吸収を示さず、初期の急激な吸収の後むしろ接触時間に比例して吸収が進行していることがわかる。この弱サイズ紙への吸収は、L-W式に基づいた毛管吸収だけでは説明がつかず、膨潤や水蒸気の吸着現象を考慮しなくてはならない。

3.1.2
テキスト ボックス: Water transferred volume, ml/m2テキスト ボックス: Water transferred volume, ml/m2

  紙の含水率と吸水挙動

水分子の繊維壁への吸着が吸水速度に影響すると考えられるので、紙の含水率によって吸水速度は大きく変わることになる。紙の含水率(紙の調湿時及び測定時の雰囲気の相対湿度)とブリストー装置によって得られた吸水曲線との関係を図1.24に示す。強サイズ紙(左)では、紙の調湿条件を相対湿度20%及び65%にした場合を比較すると吸収速度はほぼ同じであったが、95%にすると吸収速度は小さくなった。拡散によって吸水の一部が進むとすればあらかじめ紙を高い含水率に調湿しておけば含水率の(紙と水の)濃度差が小さくなるので拡散速度も小さくなることで説明できる。また弱サイズ紙(右)では、含水率が上昇するに連れて吸水速度も大きくなった。これは水分子の繊維表面への吸着が接触角(L-W式のqを小さくし吸水速度を大きくした、と解釈できる。ただし、それぞれが強サイズ、弱サイズ紙の主要な吸水メカニズムと言うことではなく、含水率の差がその吸水メカニズムに影響を及ぼすと言うことである。なお、同様の調湿条件でオイルを吸収させた場合、吸油速度に違いは見られなかったことからポア(毛管)半径が大きくなるといったような空隙構造の変化は影響しない程度の大きさであったと言える。

3.1.3
テキスト ボックス: Water transferred volume, ml/m2テキスト ボックス: Water transferred volume, ml/m2

  塗工による吸水挙動の変化

テキスト ボックス: Transferred liquid volume, ml/m2
通常の高級印刷用紙は全て顔料塗工が施してある。この加工の詳細については第U講で詳しく述べるが、平滑度、白色度、不透明度を上げることにより印刷品質を向上させる。これにより非常に細かい空隙構造を持った塗工層が原紙の上に形成される。表層側にある塗工層の液体の吸収性は当然のことながら印刷用紙の品質を大きく左右する。図1.25は粒径の大きい(3.9mm)炭酸カルシウムと小さい(1.8mm)クレーを顔料として配合して調製した塗工紙のブリストー曲線である。塗工により塗工層の空隙に水が浸透していく時間が約0.5秒存在し、初期に迅速な吸水が起こっている。原紙層への浸透が始まる前に濡れ時間がわずかに見られ、浸透が進むと原紙の場合と同じ吸水速度になることが分かる。平滑度はどの試料もほぼ一定であったので式(1.14)の粗さ指数Vrは一定と見なすことができ、実際に接触時間0に外挿するとほぼ同じ位置に来る。

3.1.4  カレンダリングによる吸水挙動の変化

1.25の塗工紙のうち炭酸カルシウムの比率20%の試料をカレンダリング処理した試料に対する吸水挙動を測定した。これを図1.26に示す。塗工層を浸透していると考えられる最初の約0.5秒間の液体転移量がカレンダリングによってごく少量になり、原紙の場合の濡れ時間を示す部分との区別が難しくなる。一般に市販塗工紙の吸水挙動はこのようになることが多い。カレンダリングによって原紙層もかなり圧縮されているはずであるが、原紙層を浸透しているときの吸水速度はカレンダリングによる影響を受けない。浸透過程で繊維壁を膨潤させたり、繊維間結合の切断が浸透中に常に起こ
っているので繊維間のポアもカレンダリング前の形状にかなり回復しながら吸水が進行するものと考えられる。

3.1.5パルプの叩解と膨潤

紙のネットワーク構造が吸水によりどう変化するかを見る方法として、水で紙を膨潤させた後凍結乾燥を行って空隙状態を保存し、紙の断面の構造を走査型電子顕微鏡で観察する方法がある。膨潤前後で観察してみると、厚さが1.5倍程度増加し、それは叩解の程度によらない。しかもその厚みの増加は主として繊維間空隙の拡大であり、繊維壁の膨潤も影響している。紙層構造全体の膨潤メカニズムを考えると、繊維自体の膨潤、および繊維間結合の一部の切断によって引き起こされる繊維間空隙体積の増加の両方が考えられるが、繊維間空隙だけの体積増加量を次のような算出法で求めることが提案されている。

テキスト ボックス: Volume, ml/g
(膨潤による繊維間空隙体積の増加)=(吸水)-(吸油)-(紙の保水値)

この式の繊維間空隙体積の増加量は叩解が進むに従って減少することを示した。図1.25のように、この量は叩解の程度によらず吸水前の紙に存在した繊維間空隙量と同程度である(すなわち2倍になる)ことを見いだした。

3.1.6
パルプの種類と膨潤圧

1.19に示す装置で測定された膨潤圧の測定では、市販紙に関しては軽量塗工紙(LWC)の原紙(BK40%/MP60%)より新聞用紙(BK10%/MP90%)の方が膨潤圧が早く発現し、また平衡膨潤圧も大きかった。漂白クラフト(BK)パルプから作った手抄き紙は市販紙ほど大きな膨潤圧は現れなかった。この理由として機械パルプは微細繊維が多いことが1つの要因と考えられる。クラフトパルプから作ったシートでも微細繊維だけから調製したシートでは図1.28に示すように高い膨潤圧を示す。密度の低い手抄き紙では長繊維の間隙で微細繊維の膨潤を許容してしまうため圧力か低いのではないかと推測される。従ってシート密度もまた重要な要因となる。また機械パルプ(MP)から作ったシートにカレンダリング処理を行うと膨潤圧が大きくなったが、クラフトパルプから作ったシートでは影響がなかった。これはパルプ繊維(の断面形状が様々な製紙工程で扁平なリボン状に変形して行くが、MPではカレンダリングでこの変形が顕著に起こり、KPではウェットプレスや乾燥工程で顕著に起こるため、カレンダリング工程ではほとんど変化がないのがその理由である。このような繊維形態の変化は次節で詳述する。

3.2 表面ラフニング

表面ラフニング(surface roughening)とは、紙の表面が水または水を含む液体などで濡れた際や高湿度下に置かれた場合、表面の粗さが増加し、光沢が失われる現象を指す。親水性材料である紙には避けられない現象であり、産業的観点から見ても、印刷適性を損なうなど重要性が大きい問題である。この現象は吸水(吸湿)の結果として起こる紙の構造・形態変化であると捉えることができる。

3.2.1
  印刷品質に与える影響

実際にラフニングが顕著に発現するのは、水系のコーティングカラーを塗布することによって塗工紙を製造するプロセス、オフセット印刷の際に湿し水が紙に浸透していくプロセス(印刷中に伸びることにより見当ずれを起こす他、印刷光沢などを下げる)、紙を高湿度、または湿度変化の大きい場所で保管するプロセス、インクジェット印刷のように水系インキを使って印刷するプロセス(印字部にしわが寄るなどの問題が発生)などである。特に近年各種雑誌の創刊が相次いでいるが、雑誌の本文によく使用される中質紙を原紙とする微塗工紙は、オフセット印刷の際に湿し水により、表面ラフニングが発生しやすい。これは次の節でも述べるが、中質紙の場合はリグニン量が多く、繊維間の結合が弱い上に繊維自体も剛直であるため、水に濡れた場合に繊維間結合の破壊が起こりやすい。したがって繊維の1本1本が浮き上がって来る毛羽立ち現象(fiber rising)が起こりやすくなる。図1.29は金蒸着などの導電化処理をする必要がなく鏡筒内で水を見ることができる環境制御走査型電子顕微鏡(ESEM)で微塗工紙(機械パルプが含まれている)を観察した写真で、吸水によって繊維が塗工層を持ち上げている様子(fiberrising)が分かる。再乾燥すると、形状記憶合金のように元の位置にもどっている。塗工層にはひび割れを残す。fiber risingを起こすのはおそらく剛直な機械パルプの繊維と考えられ、一般に化学パルプではなく機械パルプの繊維がこのような挙動を示す。

3.2.2  発生メカニズム


紙の表面ラフニング現象が起きる要因として考えられているのは、模式的に示した図1.30にあるように、繊維壁内に水が拡散していくことによる膨潤、繊維間結合の破断、繊維の形状が扁平なリボン状から管状に復元すること、内部応力(Internalstress)の解放などが挙げられる。

 


Mechanical pulp          Chemical pulp

Pulpng

Wet-pressing

Drying

Calendering

Re-wetting

Re-drying

1.31機械及び化学パルプ繊維の製紙工程での断面形状変化

繊維形状の回復は繊維の剛直さと関係がある。各製紙工程でどのように(断面)形状が変化していくかを図1.31に示す。機械パルプ(Mechanicalpulp)ではウェットプレス、乾燥工程で繊維が扁平になることはほとんどなく、カレンダリング工程で初めて扁平化する。水に浸漬するとすぐに管状に回復する。一方化学パルプは乾燥が終わった段階で既に繊維は扁平な形状を呈し、カレンダリングでさらに強く扁平化する。水に浸漬すると繊維壁に水分子が拡散し膨潤する。このときはごくわずかに管状を回復するものもあるが、その程度は小さい。しかし膨潤した繊維壁も再乾燥とともに再び収縮し扁平な形状に戻る。その意味では湿潤−乾燥過程の形態変化は可逆的であると言える。図1.31は、臭素付加して固定した中質紙(TMPとクラフトパルプの両方を含む)の繊維形態変化を走査型電子顕微鏡で観察した例である。機械パルプではカレンダリングによって繊維が扁平化し、さらに湿潤−乾燥過程で形態を回復するが、クラフトパルプではいずれも扁平なままであることが観察される。


表面ラフニングメカニズムの1つとして指摘されている内部応力とは、紙に張力を加えながらの乾燥したときに繊維が引き伸ばされた状態で保持されるが、その時の応力が繊維に、あるいはネットワーク構造に蓄えられたものだと考えることができる。そのため乾燥応力などと呼ばれることもある。乾燥応力の大きい紙を水に浸漬してから再乾燥すると、大きな収縮が起こるのもこの応力解放の1つの結果であると考えられる。しかし、このような乾燥応力はすべて(厚さ方向ではなく)面方向に作用する力である。ラフニング現象は表面位置の厚さ方向の変動が大きくなる現象と解釈されるので、厚さ方向に作用する応力がラフニングに密接な関係を持つはずである。実際いろいろな紙で水に浸漬−乾燥処理を行ったあと厚さと表面粗さの変化率を比較するとほぼ比例関係にあることが分かる。厚さ用方向に作用する応力は、製紙工程ではウェットプレスとカレンダリング工程で発生する。このような応力が内部応力として蓄えられるのは、管状形態をとっていた繊維が潰れて扁平な形状に変化することであり、繊維の断面形態として保持されるものであると考えられる。その場合ウェットプレスでは繊維壁内あるいはルーメン内での水素結合の生成に寄与するため、カレンダリングによる場合と比較して、水に浸漬したときの厚さ方向の内部応力の解放は少ない。ウェットプレスと乾燥を同時に行うプレスドライングではさらに解放は少なくなる。