1. 基礎理論

液体の吸収・浸透に関連した理論をここでは扱う。

1.1 Lucas-Washburn式に基づく毛管吸収

ルーカス-ウォッシュバーン(Lucas-Washburn)の式(以下L-W式と略記)40, 41)が古くから適用され、現在でも液体浸透の解析の基本式として用いられる。これは次の式(1.1)で表される。

   (Lucas-Washburnの式)

(1. 1)

ここで、l:浸透深さ、r:毛管半径、g:液体の表面張力、q:接触角、h:粘度、t:時間である。

L-W式は次のようにして求められる。非圧縮性ニュートン流体に対する運動の基礎方程式はナビエ-ストークス(Navier-Stokes)の式と呼ばれ、空間上のxyzで示される直交座標軸で考えると、z軸方向には次式で示される。

(1. 2)


ここで、vは液体の速度で添えx,y,zは空間上の直交座標軸方向、rは液体の密度、çは液体の粘度、gzは重力加速度のz軸方向成分である。

1.1で示されるような半径がrで長さがlの円管内を粘度ηの液体が安定して一定速度で流れる(定常流という)場合、水平に置かれた円管ではx,y方向に流れがなくvx=vy=0となる。また、z方向には速度勾配がないので2vz/z=0が、また定常流であることから2vz/t=0が成り立つ。よって、

(1. 3)

これを極座標で表示するには次のように置き換えればよい。

(1. 4)

これを式(1.3)に代入し、

(1. 5)

この座標系の方が変微分の計算がやりやすい。どのθの位置でもvzは一定なので2vz/q2=0が成り立ち、またdp/dzは一定なので、次のようになる。

(1. 6)

ここで、初期条件としてdvz/dr=0r=0のとき)とおき、積分する。さらにもう1度積分し、図1.2に示されるように壁面では液体の粘着性のためにvz=0r=Rのとき)となる初期条件を考慮する。ただし、円管の内壁の半径をRとする。すると、

(1. 7)

流量(体積速度)Qを求めるにはrに関して0からRまで積分しdp/dz=P/l を代入すると、

          (Hagen-Poiseulleの式)

(1. 8)

が得られる。ただし、Rをもう一度rにおきなおしている。これがハーゲン-ポアゼイユ(Hagen-Poiseulle)の式である。

液体が界面張力によって浸透していくときは、図1.3に示されるように、界面張力g進行方向成分の分力gcosqが作用している。メニスカス全体円管の内壁の全周囲に作用しており(F)、それを円管の面積(S)で割るとメニスカスに作用する圧力差Pは、

 

P=2gcosq/r

(1. 9)

となる。これを式(1.8)に代入するとL-W式(1.1)が得られる。

L-W式の意味するところは、半径がrの毛管内を流れる液体の浸透(流動)距離lは、毛管の半径、液体の表面張力、液体と毛管壁の間にできる接触角のコサインのそれぞれ平方根に比例し、液体の粘度の平方根に反比例することを示す。また浸透経過時間の平方根に比例して浸透が浸透することを示している。


オイルのように紙を膨潤させない液体の場合は、図1.4に示すように時間の平方根に比例して液体が浸透する。また図1.5に示すように液体の表面張力と粘度で時間軸を補正すると、どの液体であってもほぼ同一の直線にのることからL-W式に従うことがわかる。なお、これらの液体では接触角qはすべて0である。接触角についての詳細は後述する。

1.2 Fickの法則に基づく拡散吸収

水の場合はL-W式だけでは説明がつかない複雑なメカニズムか作用しており,現在でもまだ完全な理論式はない。Nissan42)は水の場合は、@ポア内での蒸気の拡散輸送、Aポア内での液体の毛管輸送、Bポア内での表面拡散、C繊維壁内部での液体の移動、が吸収メカニズムとして働いていることが提唱されている。Aポア内での液体の毛管輸送だけをL-W式は表現している。@の蒸気の拡散やBの表面から水蒸気が拡散する速度は一般にFickの法則として知られている。これは、たとえば水蒸気が乾燥空気中を拡散していく速度は水蒸気の濃度勾配に比例するという法則である。拡散による輸送では、含水率の高いパルプ繊維より、含水率の低いパルプ繊維の方が速く水の転移が起こることを意味する。この関係から微分方程式を解くと、

        (Fickの第2法則)

(1. 10)

が導かれる。ここでCは、1次元距離xおよび時間tにおける物質の濃度、Dは拡散係数、aは定数である。水蒸気の供給がパルプ繊維表面で一定と仮定すると、x=0ではC=C(一定)とおくことができ、Cexp(t-1)に比例することになる。これを0x∞の範囲で積分すると、時間の平方根に比例して水が輸送されることになり、見かけ上L-W式と同じになる。しかしそれは初期だけでやがて全体が含水率Cに近づく。拡散が始まる前の紙の含水率をC0、ある調湿条件での最大含水率(平衡に達したときの含水率で紙の極表層では時間t=0でもCとする)をCと考えると、

(1. 11)

Ctは時間t での位置xおける含水率である。時間tで紙の表面積Aを通して拡散する全量mtは、xに対して微分し得られた式をtに対して積分すれば得られる。

(1. 12)

表面積Aで厚さLの紙が無限時間後に拡散する水分の量mm0は、AL(CC0)であるから次式が得られる。

(1. 13)

ここでFは時間tに拡散した水分(不均一であるが見かけの含水率)の平衡状態に達したときの含水率に対する割合である。この式でもやはり時間の平方根に比例して水が輸送されることになり、見かけ上L-W式と同じになる。

テキスト ボックス: Transferred liquid volume, ml/m2
浸透した液体の実際の紙への水の収着(吸収と吸着を合わせた用語)は極めて複雑でこれらの理論を組み合わせてもはっきりと定義することは不可能であるが、幾つかの提案があった。Price43)は水の収着は2段階に分かれており、最初は毛管浸透、その後繊維へのゆっくりした拡散が始まると当初考えられた。その後Verhoeff44)はサイズ紙では2段階を分けるのは不可能であり、またサイズ紙では繊維への拡散か主要な吸収メカニズムであると考えた。Reaville45)はこれに対し、吸収速度を決定するのは拡散であると考え、水の輸送速度は液体/気体の界面のすぐ前で起こる表面拡散で決まるとする説も現れた。ポア壁の親水性基のところで蒸気が液化し、また蒸発・液化を繰り返すのが主要な輸送プロセスであり、そのあと繊維内部での浸透が起きるとした。このような表面拡散は次節の濡れ時間の概念へと引き継がれた。

1.3 濡れ時間

Bristow27)ブリストー(Bristow)によって初めて濡れ時間の存在が提案された。水の場合は水と紙の表面が接触してもしばらく吸収が始まらない遅れ、すなわち濡れ時間が存在し、そのあとはL-W式に従って吸収が進行することを示した。

(1. 14)

ここで、V液体転移量 Vr粗さ指数、Ka吸収係数、T接触時間、Tw濡れ時間である。

また、接触時間0に外挿した点Vrは紙表面にある凹凸を埋めるのに必要な液体量を示す。Vrが他の方法で測定した表面粗さと相関が高いことがわかっている。

しかし、必ずしも明確な濡れ時間がブリストープロットに現れるとは限らず現在ではその存在を疑問視する声が強い。Eklundら36)は濡れ時間という概念を認めずにブリストープロットを説明し、空気抵抗、液体/気体界面での蒸気相輸送、膨潤および繊維内への水の浸透の影響を考慮して数式化している。ポアが外気と通じる通路が極端に小さい場合には空気抵抗が生じL-W式より浸透が遅くなる。しかしこの場合でも空気抵抗が小さいときにはL-W式に従い、大きいと時間に対し直線関係となって吸着が進むことを理論的に導いた。また空気抵抗が大きくてもポア半径か小さいと、L-W式になるとした。蒸気層からの水分子の吸着に関しては吸着が律速段階だと時間に対して直線的に収着し、水の圧力が高いと時間の平方根に比例することを導いた。また接触角が小さい液体はL-W式に従うとした。


現在もブリストーのプロットに現れる濡れ時間とはどういう現象なのかの議論が続いている。濡れ時間に関連して、液体の表面張力がZismanプロット(後述)によって求められた紙の臨界表面張力より小さいときに浸透が始まるという考え方があり、液体の表面張力が紙の臨界表面張力に近づくに連れて濡れ時間が0に近づいていくという研究結果もある。しかし、Lepoutre47)は、固体表面での自発的な液体の濡れ広がりは接触角q=0°で起きるが、毛管吸収はq90°で起きる違いが指摘されており、濡れ時間とは接触角q90°より小さくなるまでの時間、ということになる。その接触角の変化は次のようにして起こると推測される。つまり紙表面で水の拡散が起こると、自由エネルギーを減少させるために内部に向いていたアモルファスセルロースの水酸基が外側に向くように回転する。すると、図1.7のようにセルロースの表面張力gs が大きくなっていき、また界面張力gi(の絶対値)が小さくなっていく。その結果gs-giが負から正へ転じる時間すなわち接触角q90°になる時間tが濡れ時間と定義される。この辺の議論は接触角の項を参照。

1.4 接触角

液滴を水平な固体表面におくと、固体表面全体に拡がってしまう場合と、一定の形で平衡を保つ場合がある。一定の形を保つときには、液体の表面は曲面になり、その端は図1.7の右下図に示すように、固体表面と液体の表面が一定の角度をなす。この角度を液体の内側で測ったものが接触角qである。ここで、普通q90°のときには、液体が固体表面を濡らさず、0°<q90°のときには固体表面を濡らすといっている。この接触角を最初に導入したのはヤングである。ここで、ある接触角が保たれているとき図1.7の右下図にあるように作用する力がつり合っていると考えられる。固体の表面には固体の表面張力gSが、液体と固体の界面には界面張力giが、それに液体の表面にはその表面張力gLが作用しているとすれば、作用する力の水平成分がつり合っているための条件は

(1. 15)

になる。これをヤングの方程式とよんでいる。接触角qはこのヤングの方程式から決まるわけである。gSgi+gLであると、このような接触角は存在せず、液体は固体表面を自然に拡がって完全に濡らしてしまう。

ヤングの方程式は、固体面が平坦であると考えた場合に適用できる。しかし、普通紙(非塗工紙)やカレンダリングした塗工紙ですら、その表面はある程度の粗さをもっている。この面の粗さを多少誇張して書くと、図1.8のようになる。


ヤングの接触角は図のqで与えられるように、実際の面との接触角になるはずであるが、平均的に見た面との見かけの接触角は図のθで与えられる。ウェンゼル(Wenzel)は、このような凹凸のある面の粗さを表わすのにこまかい凹凸の面積を入れた実際の面積が見かけの面積よりも大きくなることを利用した。ウェンゼルは見かけの滑らかな面の面積1 cm2 に対する実際の面積がr cm2であるとき、ヤングの接触角qに対し、見かけの接触角qW

(1. 16)

で与えられるという関係を提案した。このqWをウエンゼルの接触角という。これは粗面ではq90°ときqWqとなるので、濡れやすい面は粗くするともっと濡れやすくなり、q90°ときqWqとなるので、濡れにくい面は粗くするともっと濡れにくくなることを意味する。オフセット印刷では版面を金剛砂などで粗くするが、画線部では印刷インキ(油性)により濡れやすく、非画線部ではインキにより濡れにくくする合理的な処理であることがわかる。

塗工紙の表面では主に顔料とバインダーが露出することからわかるように、固体表面はー般に不均―であり、このような面は複合面と考えられる。見かけの接触角qCは、

(1. 17)

で与えられるとも考えられる。q1q2は物質1、2の滑らかな面に対するヤングの接触角で、Q1Q 2は、実際の表面を物質1、2 が占める割合である(したがってQ 1+ Q 21)。この式をカッシー(Cassie)の式とよび、qCカッシーの接触角とよんでいる。紙の中には撥水性物質であるサイズ剤がパルプ表面に表面に吸着している。サイズ剤が全面を覆わなくとも十分サイズ効果があることがこの式からわかる。また、物質2が空気であったとすると接触角q2=180°と考えられ(水は空気中に浮いているときは球形になる)、式は

(1. 18)

となる。織物、水鳥の羽、蓮の葉などは空気の割合が非常に大きく、Q 21Q 10と考えれば物質1がどんなに濡れやすい場合でもθC180°となり非常に濡れにくいことがわかる。紙でも粗い面の方が空気の割合が大きいのでサイズ剤含有量が同じでも濡れにくくなる。

実際の接触角についてはもっと複雑な現象がある。液滴が動いているときにはニ種の接触角が観測される。液滴が前進して行く方の接触角を前進接触角、後方のものを後退接触角qRという。qAqRは常に正であるが、鋼鉄の上の水銀ではqAqR154°に達する場合がある。この現象は接触角履歴(ヒステリシス)とよばれている。接触角履歴現象は粗い面の特徴で、固体面が粗かったり、不均一であったりすると、局所的な自由エネルギーが極小になるようないくつかの接触角が存在していて、これらが準安定な状態になり、液滴の進行にともなって、これらの準安定な接触角から次の準安定な接触角に移って行くためであると考えられている。また、このような局所的な極小値に対し、ウェンゼルやカッシーの接触角というのは、絶対的極小値に対応するものとみられる。準安定状態と準安定状態の間のエネルギー障壁と液体が、これをのりこえるエネルギーをどの程度もっているかということでこのような履歴現象がおこるのであろう。

 ウェンゼルやカッシーの接触角は、ヤングの接触角とは異なっているがgSgiの値が滑らかな平らな面に対して定めた見かけの値であれば、見かけの接触角qWqCがヤングの方程式に従うことになる。

固体の表面上に液体があると、固体の表面のー部は液体と固体の界面になっている。このようにして、固体表面のー部が液体/固体界面でおきかえられる現象を濡れという。そこで。固体/液体界面を等温可逆的に消失させて、そのかわりに新しく、単位面積の固体表面と液体表面を生成させるのに必要な仕事は

(1. 19)

になる。この仕事を付着仕事または接着仕事という。この式を用いると、ヤングの方程式は

(1. 20)

という形に書き換えられる。この式をヤング・デュプレ(Young-Dupré)の方程式という。WAが大きいほど、液体/固体界面を消失させにくいわけであるから、WAはこの液体による固体表面の濡れやすさを表わしているといえる。qが小さいほどWAは大きくなるので、接触角が小さいほど濡れやすいということになる。これは印刷インキが最初に紙に接触するときの仕事量に関係する。

液体の固体面上の拡張係数(拡張濡れの仕事に負の符号を付けたもの)WSPは、

(1. 21)

と書ける。これは、固体表面の上においた液滴が、固体の表面を消失させながら、新しく液体表面と同時に固体・液体界面を生成して行く傾向の強さを表わすものである。言い換えると、gSgi+gLよりも大きいと、液体は固体面をひろがって膜状になるということである。この式を用いるとヤングの方程式は、

(1. 22)

となる。q0のときWSP0q0のときWSP0となるので、接触角が0°の時だけ液体膜が固体表面上を自発的にひろがって行くということになる。WSPはいったん紙に接触したインキが面(横)方向に拡がるとき、あるいは毛管の中で壁だけを伝わって内部に空気を残しながら濡れ拡がる時の仕事に相当する。

ー般には、液体がある固体表面の上をひろがるかどうかということは、式(1.21)の拡張係数WSPが正か負かということで決まるわけで、gLだけでは決まらないし、また接触角θも、液体の表面張力だけでは決まらないで、giにもよるわけであるが、表面工ネルギーの小さい固体、特に有機物の場合には、cosq液体の表面張力gLだけの一次関数になるということが見いだされている。そうすると、ある値より表面張力の小さい液体は、すべてこの固体表面の上を拡がることになる。ジスマン(Zisman)はこのgLある値のことを臨界表面張力gCと名づけた。

1.1 主な液体と固体の表面張力

液体

表面張力
(mN/m)

固体

臨界表面張力
(mN/m)

水銀

486.5

テフロン

18.5

72.75

ポリエチレン

25

グリセリン

62.6

スチレンブタジエンラテックス

25〜30

エチレングリコ−ル

48

ポリスチレン

33

ベンゼン

29

ポリビニルアルコール

37

1-プロパノ−ル

23.7

ポリエチレンテレフタレート

39

メタノール

22.5

デンプン

40〜42

エタノ−ル

22.27

ナイロン-66

46

ヘキサン

18.42

セルロース

46

パーフルオロペンタン

9.89

炭酸カルシウム

70


主な液体の表面張力gL、固体の臨界表面張力gCを表に示す。固体の臨界表面張力より小さい表面張力をもつ液体がその固体表面上を濡れ拡がる(q0°)ことを意味する。

Van den Akker46)は紙への液体浸透を表わすには、L-W式と接触角の変化を組み合わせる理論が色々と研究された。液体の前進接触角は時間により変化し、浸透速度は蒸気層からの吸着に支配される部分もあるという説である。したがって、この分子吸着が律速段階とすると液体の浸透は時間に比例した関数となる。サイズ紙について水と粘度の高いCMC水溶液の一定厚さまでの透過時間がほぼ同じである結果からすると、L-W式で示されるようなメカニズムではないということになる。しかし、これはブリストー装置が考案される以前の結果であり、いずれにしろ水分子の吸着とそれに伴う膨潤(次節で詳述)は水の吸収を考える上で重要な因子である。

1.5 膨潤

水または水系の液体が紙に浸透したときは、セルロースの細胞壁にも水が拡散によって拡がっていき結果的に壁の体積が大きくなる。これは膨潤と呼ばれる。膨潤は水の拡散に伴って生じる繊維の形態変化の現象といえる。どのように膨潤するかを推測した図及び走査型電子顕微鏡写真を図1.10に示す。膨潤と並行してパルプ繊維間の結合が一部切断されるためネットワーク構造(全体の構造)にも大きな変形が起こる。

テキスト ボックス: Transferred water volume, ml/m2

膨潤量を推測するためにBristow48)はコブサイズ試験法(水を入れた容器の上に紙を置き、密着した蓋をする。逆さにして吸水させ一定時間経過後戻す。紙を取り出し重量増加を吸水量とする。)を用いて板紙に対する水の収着速度と厚さ変化量との関係を調べた。図1.11に両者の関係をプロットした図を示す。この図から、水の収着を繊維の膨潤による水の吸収と毛管力によるポアへの浸透の2つに分けてそれぞれの量を計算した。その前提として、液体の収着量はポアに進入した液体量と繊維の膨潤量の和に、さらにセルロースの膨潤がポアの体積を変化させる項を考え、それらを合わせた式を考えた。しかしその項は実測不可能であるため零と仮定した上で、吸水量とシートの厚さ変化の関係を考察した。その結果、未サイズ紙では図の右に模式的に示してあるように繊維へ収着方向とポアへの収着方向の中間の角度で両者は進行するため、ポアと繊維への収着が同時に起こると考えた。サイズ紙の場合は初期の収着は繊維へ収着方向に沿って進行するので繊維壁への拡散が主となって起こるが、サイズ剤の働きでポアには水が存在せず、繊維が飽和してからポア内の流動が起こると結論した。しかしコブサイズ試験器の接触時間は数秒以上となりブリストー試験のような1秒以内の浸透で起こる膨潤量の測定には適用できない。強サイズ紙の場合初期の収着は繊維への拡散によって起こるとBristowが主張した理由は、初期の急激な厚さの増加が測定されたためであるが、この厚さの増加はコブ法−マイクロメータによる厚さ測定が表面にできるマクロなうねりであるしわも含めて計測しているおそれかある。


1.12に示すような差動トランスを用いた装置で、紙面上の微小な点(直径約l mm)でのオンライン連続測定ではこのような初期の急激な厚さ増加は観測されず、水との接触後、数秒後以後の厚さ増加の速度はコブ法−マイクロメータで測定したものと同じであった。図1.13は厚さ増加と水の吸収量を対比させた測定結果である。Cobbと示されているコブ法−マイクロメータ厚さ計測では点線(水吸収量変化は紙の厚さ増加とー致する、つまり水の吸収が繊維の膨潤だけによって起こるプロセスを示す)に沿って吸収が進行する。差動トランス法では初期に立ち上がりがあり、初期段階では水が吸収されても繊維の膨潤はなく、繊維間のポアへの浸透を意味する。この違いをマイクロメータによる厚さ測定の欠陥に起因するものであると考えた。膨潤現象を正確に計測しようとする試みとして、図1.14に示す装置で水の浸透距離と紙の厚さ変化を同時に測定した例がある。さらにHoyland3)にさかのぼる。L-W式と実験データの相違を膨潤現象により説明し、蒸気拡散、表面拡散、水の繊維内への浸透などの拡散プロセスが接触角を減少させることによってポア内の水の輸送か決定されるとした。そしてL-W式にBristowの提唱した濡れ時間tw(拡散の場合は表面に単分子層を作り接触角を減少させるのに必要な時間)を考慮した式に、さらに膨潤による厚さ変化の項KDZK=定数、DZ:時間tにおける厚さ増加)を加えた修正式を提唱した。これを次式に示す。

テキスト ボックス: Water absorption, ml/m2
 


(1. 23)

KDZの項を実験的に決定することを試みた。まずFickの拡散方程式から導いた式に一定時間後の厚さ増加量と、厚さ増加が飽和した時点での最大厚さ増加量を代入することによって見かけの拡散係数Dを求めた。そしてこの(Dt)1/2DZに対してある程度の直線関係を示すことを実験的に証明し、L-W式に加えて紙の膨潤を考慮すればよいことが明らかになった。

1.6 0lsson-Pihlの式

印刷で用いられる式に次のオルソン-ピル(0lsson-Pihl)50)の式がある。

(毛細管力を無視できる場合)

(1. 24)

ここで、l:浸透深さ、r:毛管半径、g:液体の表面張力、q:接触角、h:粘度t:時間、p:印刷ニップ圧である。L-W式では液体に加わる圧力として毛細管力だけを考えたが、オフセットなどの商業印刷方式では印刷ニップでインキに加わる圧力が存在するのでこの項を加えたものである。通常、印刷圧力pが毛管圧力2gcosq/r(図1.3参照)よりはるかに大きいので第2式に近似することが可能である。

1.7 Burasの式

また綿繊維タオルなどへの水の吸収で用いられる式として古くからブラス(Buras)23)の式が適用されている。

  or 

(1. 25)

 

ここで、t:時間、q:時間tにおける吸水量、Q:平衡状態(飽和)での吸水量、I: 初期の吸水速度である。これは毛管浸透という考え方ではなく、サイズ剤がまったくない綿繊維の場合は膨潤量が大きく拡散によってのみ浸透が進むという考えから導かれたものであり、吸収量は比較的短時間のうちに飽和する。この式は式(1.13)とまったく同じものになる。上式を変形した右側の式で実験値を使い、tに対して−ln(1q/Q)をプロットすると直線関係が成り立てばこの式に従って吸収することになる。高吸水性タオルは、よくこの式に従うことが分かっている。インクジェット用紙のインキ受容層はポリビニルアルコールを膨潤させることによりセットすることが1つのメカニズムであるが、このプロットにより確認できる。

1.8 Szekelyの式

紙分野ではまだ適用されたことはないが、ゼキリ(Szekely)51)がL-W式の修正式を提案している。

(1. 26)

ここで、u:流体の速度、r:密度、w:質量流体速度、W:周囲に対して行われる仕事の変化率、Ev:液体内の摩擦力に対して行われる仕事の変化率である。L-W式では時間0の時に無限大の浸透速度を示すことになる欠点に着目したもので、初期の急激な液体の吸収に伴う液体の運動エネルギーを考慮してエネルギー的バランスから式を導いた。綿繊維に対する吸収ではこの式がもっともよく合うことが示されを多賀谷26)が示している。